識者に聞く

企業は危機にどう立ち向かうのか

危機管理広報の専門会社 株式会社エイレックス取締役執行役員 江良 嘉則さんに聞く

企業不祥事がやまない。報道の厳しい質問に沈痛な面持ちで頭を垂れる経営トップの姿を目にするたびに、誰もがやりきれない思いになる。企業は不祥事を防げるのか、不祥事が起きたらどう立ち向かえばよいのか。専門家に聞いてみた。

株式会社エイレックス 江良 嘉則 取締役執行役員

社会の変化を見落としていないか

Q.偽装、隠蔽、改ざん、ねつ造など企業の不祥事が後を絶ちません。なぜ、企業で不祥事が起きるのでしょうか。

江良:企業は利益を追求するために生まれた組織です。ただ、一方で市民や行政などともに社会を構成する一員でもあります。

現在の社会では企業の環境保護や法令遵守は当然のこととみなされています。何かが起きれば、社会の規範に照らして合致しているか説明が求められます。それが不祥事であれば、厳しい説明責任を逃れることはできません。

不祥事がひんぱんに起きる理由は大きく3つほど考えられます。1つは、情報のあり方が大きく変化をしている点があります。インターネットの普及により、先進国では個人が一人一台以上のパソコンを持つに至っています。個人が情報発信力を持てる時代なのです。

2つめは、若者を中心に企業や組織に対するロイヤリティー(誠実・忠義・忠実の意)が弱まっていることがあげられます。労働環境の流動性が高まり、生涯1つの企業に勤めることがほとんどなくなりました。企業への忠誠心は格段に低下しています。

3つめは経済環境の変化です。高度経済成長期までは日本の産業の多くが事前調整型をとっていました。護送船団方式という言葉があったように、どの産業も横並び意識が強く残っていました。それが規制緩和型となり、自由競争を促すようになりました。弱肉強食がまかり通る社会といってよいでしょう。

加えてもう1つ、最近の傾向として法化社会があげられます。小さなもめ事でも裁判沙汰になります。夫婦間の問題も裁判でシロクロつけるのが当たり前になっています。同時に消費者保護なども進み、製品やサービスに不具合があれば企業に直接クレームを入れることも珍しいことではありません。

20年前だったら、マアマアで済まされた問題が、内部告発などの形で外部に出やすくなっているのです。

Q.大手企業と呼ばれるところでも対応が後手にまわるというケースがひんぱんに見られます。日本企業はこの種の対応に手慣れていないのでしょうか。

江良:環境が大きく様変わりしているのに、古い体質を引きずったままの企業もたくさんあります。そうした企業には経営トップの危機意識の欠如という課題があります。

行政からの既得権益で守られてきたような業界・組織では、自ら変化することが難しく、問題が起きないかぎり動かないというケースもみられます。八百長問題でゆれた相撲協会、暴力やセクハラ問題でごたごたした柔道連盟などの不祥事が1例です。

古い体質の組織では、悪い情報ほど上にあがりにくいという課題も見られます。トップの危機意識の欠如は、企業内の風通しの問題でもあるのです。組織のトップは自ら古い感覚を消し去る努力をしないといけません。当事者になればなるほど守りに入るのが人間社会の常ではないでしょうか。

古い体質の企業・組織は不祥事への対応力が弱く、初期対応に失敗します。不祥事が起きても、ここまで内部の情報を出す必要はないと都合よく考えがちだからです。情報を出したくないという意識があり、意図して隠しているという認識があるだけに、それがバレて危機が拡大するのです。

そうした状況を私どもでは、「落としどころを間違う」と表現しています。謝罪すべきところで謝罪しなかったり、隠すべきでないところで隠すことで、マスコミの思わぬ反撃を招いています。


偽装か誤表示か

Q.昨年末、大手ホテルや百貨店のレストランにおけるメニューの表記問題が社会面をにぎわせました。“偽装か誤表示か”という問題ですが、今にして思えば、あそこまで騒ぐ必要があったのかとも思うのですが。

江良:メニューの表示と異なる食材を使っていたという件ですね。実は、この問題を振り返るとマスコミ対応の課題が浮かび上がってきます。分かりやすい例なので、あえて参考にさせていただきます。

昨年10月22日、関西の大手ホテルグループが運営する8つホテルと1事業部が運営する23のレストランで2006年以降に提供した料理のうち47品目でメニュー表示と異なる食材が使用されていたと、同社の営業企画部長が釈明の記者会見を行いました。

報道の厳しい追及が続いたため、同社は24日、社長が記者会見しました。ところが会見で「従業員の知識不足や現場の連携不足があった」「だまそうという意図がなかったので、あくまで誤表示だ」と説明したのです。マスコミ各社は「消費者の目線に立っていない」と追及の手をゆるめませんでした。

社長会見から3連休を挟んで4日目の10月28日夜、社長は再度会見し「先日の私は消費者目線に立っていなかった。今思えば偽装と受け止められても仕方がない」と謝罪し、ホテルグループの社長だけでなく、親会社の取締役をも辞任すると発表しました。

こうした問題を扱うのは、マスコミでも追及の厳しい社会部です。後手に回れば回るほど追及が厳しくなることを理解しておいた方がよいかもしれません。

“偽装”には不正の意図が前提であり、このホテルには意図的な悪意はなく、「メニューの誤表示」だった可能性が高いと思います。しかし、時すでに遅しでした。この例は、初期対応の重要性と、落としどころを間違えたときの危機拡大の怖さを示しています。

Q.対応の難しさがよく分かりました。そうした不祥事の発覚のリスクから企業を守るにはどのような備えが必要なのでしょうか。

江良:1つは現場の危機意識を高めておくことが大切です。リスクを洗い出して、リスクが起きる頻度をある程度把握しておくことです。企業としてダメージの大きいリスクは事前につぶしておくことも重要です。それと個々のリスクに対する個別の対応よりも、リスクの捉え方、それに対する考え方をきちんとすることが大切です。

企業で管理職研修などを行うと、すぐに対処法などの答えを急ぐ傾向が見られます。ところがその場の答えは出せても、実際に起きるリスクは想定外のものであることが少なくありません。つまり、考え方や意識の持ち方の方がはるかに大切になるわけです。


危機対応の5原則

Q.事前に訓練をしていても、いざ本番になると混乱するのが人間です。エイレックスではどのようなアドバイスをされていますか。

江良:質問の趣旨から離れるかもしれませんが、2013年1月16日に起きたアルジェリア人質拘束事件でエンジニアリング会社日揮が見せた対応は見事でした。

マスコミなどの窓口となった遠藤広報部長は、最後まで冷静に対応し、出すべき情報はだし、個人情報などはださないという原則を守りました。

幹部社員・協力会社社員・派遣社員などから10名の死亡者を出した大事件だけに、一部マスコミから実名報道がなされ、被害者の遺族の一部からは無許可報道であると抗議がありました。生存者と死亡者が帰国した後に「政府の責任」において死亡者のみ公表に踏み切りました。

本題に戻ると、我々には「危機が起きたときには〈5原則〉」があります。

1)被害者優先(消費者やお客様を優先する)
2)情報公開(必要な情報を隠し立てしない)
3)トップ率先(責任の明確化と説明責任)
4)迅速対応(スピード対処)
5)再発防止の徹底

この5原則は、順番も重要です。被害者優先が最優先であるのはもちろん「情報公開」が2番目に来ているのが重要です。

最後の「再発防止の徹底」は原因の解明が大前提ですが、原因究明に時間がかかる場合は、再発させないという決意だけでも公表しなければなりません。


リスクを共有できる風通しの良さを

Q.危機管理の専門会社から見て、危機を事前に察知して未然に防止する方法はあるのでしょうか。

江良:社員数が数千人、数万人にも及ぶ大企業においても、数十人や数百人ごとの部署単位であれば、管理職も自分の部署の弱みやリスクをある程度つかむことは可能です。

特に危機が起きやすい現場の管理職を中心に企業全体の危機意識に対する感度を高め、初期対応に失敗しなければ、会社を揺るがすような危機を防止することも可能と考えます。ただし、トップが言っていることとやっていることが明らかに違うという企業では、現場もその気になりません。何か問題があったら問題がすぐに上にあがってくる、リスク情報も共有できる、風通しの良さが企業リスクを減らすカギになると思います。

Q.プロの目から見て、こんな企業は危ない、気を付けた方がよいと思われる会社があったらお聞かせください。

江良:あえて、分かりやすくするために参考例としてお話しします。「私どものトップが書いた『ビジネスマンのための危機管理術』という本では、「お互いを役職名で呼ぶ会社」「業績が悪くなると広報が不熱心になる会社」「決算説明会などに社長がたくさんの取り巻きを連れてくる会社」「トップが過去の苦労話や成功談をぶつ会社」「トップが著名人との親交を誇ったり、自ら有名人になろうとする会社」などの例をあげています。

それともう1つ。最近の事例を見ていると「マスコミを利用してきた会社」というのもリスクかもしれません。和製ベートーベンとしてマスコミに登場していた佐村河内守氏は偽作曲家の姿が暴かれると、大きなバッシングを受けました。

このように「マスコミを利用してきた人」が何か問題を起こすとマスコミは容赦しません。有名人ほど追及が厳しくなる傾向があると思います。


他社の事例を“他山の石”に

Q.最後に、企業の危機管理担当者に一言。

江良:危機への感度を高めて、他社の不祥事を“他山の石”にしてほしいと思っています。企業のエリートほど新聞の三面記事に目をとおす機会は少ないと思いますが、他社の失敗の中には、学ぶべき教訓が数多く隠されています。特に同業他社の危機には敏感になる必要があります。

「危機への感度」が弱い場合、他社で不祥事が起きても、「自分たちは大丈夫!」「この問題は当社には関係がないだろう」と思いがちです。他社の失敗事例を参考に自分たちの企業ならどのように対処するかというシミュレーションをしておくと、いざというときに有効です。

私どもエイレックスは、危機管理広報のプロとして、これまでに多くの不祥事の現場を経験してきました。事前にマニュアルをつくったり、模擬トレーニングなどのお手伝いもしてきましたが、他社の事例に真摯に目を向ければ、リスクを事前に防止することもできるはずです。

私どもは不祥事が起きると記者会見などのセッティングから案内状の作成、当日の記者会見の司会、記者会見後の記者対応の代行までもフォローしますが、その成否のカギは企業トップとの信頼関係にあります。

企業の中に危機対応の窓口があっても、担当者一人の危機意識が高くても万全の対応とはなりません。トップ自らが率先して危機意識を高め、末端まで浸透させることがベストの姿だと思います。

IR協議会のIR大会で講演する江良嘉則さん、最近は講演の機会も多くなっている

●お問い合わせ: 株式会社エイレックス
http://arex-corp.com/
TEL:03-3560-1855

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