CSRフラッシュ

自立的に健康を維持するために、在宅看護師が果たす役割

「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業がスタート

現代の日本では、国民の多くが自宅で死を迎えたいと考えている。重要視されているのが、病院/医師、介護施設/ケアマネージャー、2つの専門職を生活者に寄り添ってつなぐ在宅看護師の役割だ。長らく医師の指導下で仕事をされてきた看護師が自己責任で起業家として仕事をする時代を迎えるなか、2014年度から「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業がスタートする。私たちが最期まで自立的に生きるために、在宅看護師の果たす役割とは何か、先駆けて開催された記念フォーラムでの識者のスピーチを紹介する。

全国200カ所の“起業家 看護師”ネットワークをめざす

公益財団法人 笹川記念保健協力財団理事長 喜多悦子氏 

私たちは今、人類史上初めてともいえる高齢化社会を迎えています。しかし高齢者=病院での治療が必要な患者ではありません。私自身も高齢者ですが、健康の質は悪くなっても病人ではありません。健康が壊れた場合には病院での治療が必要ですが、健康の質が悪くなっただけの場合はどうしたら良いのか?その部分こそ「日本財団在宅看護センター」が担っていきたい。

既存の在宅看護事業所/訪問看護ステーションでは、退院した患者さんのフォローアップが主体です。私どもが考える訪問看護センターは“病院に行く前に、病気になる前に、どうすれば良いかを相談できる”場所です。トレーニングを受けた看護師が食事・運動療法を指導すると同時に、必要に応じて他専門職(地域の公・私立医療施設、診療所、開業医、介護・老健施設、さらには薬剤、給食、リハビリテーションセンター)とも連携する地域のヘルスコーディネーターとなる。

そうした訪問看護センターを日本全国200カ所にネットワーク化することをめざし、起業家としての在宅看護師を育成するのが「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業です。在宅看護センターの具体的なイメージとしては、看護師が中心となって起業・運営され、介護士、理学療法士、作業療法士などを含む10~15名の職員で構成されます。

最低でも15名程度のスタッフ雇用を想定する背景には、現実に20名程度のクライアントがいらっしゃらないと働き手が収入を得て事業を継続することが出来ないからです。従って「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業の研修コースでは「起業と運営に必要な事業力」「健康評価に必要な保健力」「地域在宅ケアに必要な看護力」「地域集団を看るために必要な行政社会力」など専門職大学院のような多面的な内容としています。看護師とは別に経営管理する人間を雇えば良いというご意見もありますが、そうではなく、看護師がやらなければならない経営管理・健康管理とは何かを学んでいただきたい。実際に在宅看護事業所/訪問看護ステーションに勤務しながら起業を希望する方を受講対象者とすることから、受講期間中の生活費や起業費用の支援制度も設けています。

長らく医師の指導下で仕事をされてきた看護師の皆さんが自立的に起業家として自己の責任で仕事をする時代であるということです。

今回の取り組みは社会への大きなチャレンジだと思っています。私たちが直面する高齢化社会において、一番重要であるのは自己決定、私たち自身が自分の健康をどのように考えていくか。私自身は医師として、また途上国で働きました経験をふまえ、看護の力、看護師一人ひとりが住民にメッセージを伝えることで、人々の意識を変えることができるのではないかと考えています。今回、日本財団の支援を受けて、一つずつ着実に地域モデルを創っていきたい、ぜひ皆さまの持続的なご関心とご支援をいただいてこのプロジェクトを成功させていきたいと存じます。

●笹川記念保健協力財団「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業

http://www.smhf.or.jp/news_hospice/3818/

全国約200カ所に看護師を中心とした地域包括的な在宅医療を担う事業所「日本財団在宅看護センター」の配置をめざし、その担い手育成のため、在宅看護事業所/訪問看護ステーションに勤務し、概ね1年以内の起業を予定とする看護師を対象に、財務・業務管理・市場調査・企業運営ノウハウ、介護・福祉・リハビリテーションなど保健関連の専門知識の修練を含む管理的研修を行う。受講者には受講期間中の生活費、起業に際しての設備備品費用等の支援制度も設けられている。2014年度(2014年6月~2015年1月)第一期生、18名が決定している。


“治す医療”から“支える医療”へ

東京大学 高齢社会総合研究機構 特任教授 辻 哲夫氏

後期高齢者が激増する、これが今の日本の大テーマです。75歳以降の虚弱な方(医療・介護を必要な方)が急増するなか、日本では病院で死亡される方が8割程度となっていますが、大都市圏では、いずれ確実に受け止めきれなくなります。入院と病院外来だけの医療では安心して生きられない、生活の場における医療・介護の連携、在宅医療や訪問看護等が不可欠です。

人間は生きていさえすれば良いわけではない、生きていてよかったと笑顔で長生きしなければ。人間が老いて死ぬことは避けられませんが、今の日本で最後まで生活者として生きる社会のシステムができているのか。そのために取り組んでいるのが地域包括ケアシステムの確立です。

在宅医療(在宅療養)の基本として、高齢者は体調が急変することが多く、”かかりつけ”の医師とバックアップ病床が必要ですが、現実には難しい。理由の一つは、在宅医療に携わってくださる医師が少ない、2つ目に地域のコーディネーター—本来的には市役所の仕事ですが—の位置づけがはっきりしていない。3つ目に、そもそも医師が一人で24時間365日の在宅医療に係ることは困難ということ。開業医のネットワーク化を図る必要があります。そして4つ目の大きな課題は、我々自身が(高齢化して)虚弱になった時の状態を知らない—癌、認知症、心臓病など病気に応じて一般的にたどる経過は医療現場では分かっていますが、我々自身が学んでおらず、いざ高齢で虚弱となった際に何の準備もなく意に沿わない生活を結果として強いられるかもしれない。

都市型の地域包括ケアシステムの一つのモデルとして、私自身が取り組むのが千葉県柏市における「柏プロジェクト」です。医師のグループ化、市役所に医療・看護・介護を調整する地域医療拠点を置くなどの仕組みで、2014年からスタートしました。5月にはURの豊四季団地内にサービス付高齢者向け住宅を開業し、1階には24時間体制の訪問看護・介護、在宅医療も対応する“かかりつけ”医師、薬局、地域包括支援センター等を配置しています。ここが拠点となり、周辺地域全体に訪問診療・訪問看護・介護が広がることを企図しています。市役所が核となり、医師に向けた在宅医療の研修プログラムも実施しています。

様々な取り組みから明らかになってきたことは、医師が一人で24時間365日対応することは難しいが、優れた訪問看護師が連携すれば対応できる、大きなポイントは24時間対応の訪問看護をいかに地域でシステム化するか、同時に在宅医療に取り組む医師をいかに増やすかです。 “治す医療”から“支える医療”へ大転換が必要とされる時代です。そのためには、優秀な“かかりつけ”医師と同時に、優れた訪問看護師及び24時間対応の訪問看護ステーションが不可欠です。

実は看護師こそが、在宅の方をきちんと観察しながら予防的に本人や家族の方に助言しつつ、医師や介護士の間を連携する大きな力をもっています。24時間対応の訪問看護ステーションを成り立たせる優れた看護には現場の看護の真髄を熟知し、同時に経営能力を持った志を持った看護師が不可欠であり、今回の看護センターの起業家育成に期待しています。


地域を支える訪問看護ステーションをめざす

公益財団法人日本訪問看護財団 理事長 清水嘉与子氏

日本訪問看護財団が設立されて20年。つまり日本では20年前から訪問看護の必要性が認識されてきたわけですが、なかなか訪問看護が日本で浸透していないのが現状です。訪問看護事業を推進・充実させるために、特に力を入れているのが教育です。認定訪問看護師という制度がありますが、単に資格があれば良いではなく、責任感のある優れた看護師を増やすための研修なども東京で行っています。

現在、日本では全国に訪問看護ステーションが6,800カ所、そこで働く訪問看護師は3万人強です。日本全国の看護師150万人のうち2%にすぎません。看護師の20%が訪問看護に携わっているスウエーデンと比べると、日本はまだまだ少ない。在宅看護へのニーズがあっても、受け皿が少ないのが現状です。

私は厚生省に15年おりましたが、当時のテーマは病院の看護師不足の解消でした。経済成長下で次々と病院が開業するなか、厳しい労働条件もあって看護師が不足し、また残念なことに看護師の育成に国が長らく助成してこなかった、医療機関が自前で育成する時代が続きました。ましてや在宅看護師となる人は少なかった。そんな時代にこの後、登場される村松さんが、独立して在宅看護を始められるという画期的な取り組みをされたわけです。

日本で2000年に施行された介護保険制度については、国会議員として私も制度づくりに参画しましたが、その際も、さまざまな議論がございました。日本では介護において家族の負担が非常に大きい、ドイツのように家族手当を出すべきではないか、いや、日本で誰もが受けられる“サービス”を作ることが先ではないか。その際、最も重要な“サービス”こそ在宅看護だと思いました。当時、日本では血圧を測ることも医師だけに認められた医療行為で、看護師が携われませんでした。その後、看護師の役割が少しずつ認められ、今や在宅看護師が強く求められる時代です。

一方で、日本では未だ看護師という仕事に対する対価が必ずしも十分な環境にありません。フランスでは、病院勤務時代よりも収入が4倍になったという訪問看護師もいます—ただし、仕事も十倍だそうですが。収入が全てではありませんが、訪問看護師を増やすための重要なインセンテイブでもあります。そういった意味でも、今回の訪問看護センターのプロジェクトを通じて、看護師を起業家として応援することには大きな意義があります。

まだまだ日本では具合が悪くなると、まず病院外来に行かれる方が多い。私自身も、訪問看護師という存在をもっと地域の皆さんに認めていただく、訪問看護ステーションが地域を支える存在であるということを知っていただけるよう、取り組んでいきたいと思います。


受ける側が主体となって健康を管理するための看護

在宅看護研究センターLLP代表 村松静子氏

私は31年前に総合病院の看護師でしたが、ICUで救命した患者さんの「助けてください」という言葉をキッカケに(病院での看護師から)在宅看護の道にはいりました。「在宅ケア保障会」という名称でボランテイアを始めたのですが、1986年に病院から出向のまま看護大学に残るのか否かの選択を迫られ、在宅看護師として開業しました。在宅看護という名称は私が勝手につけましたので、電話口で「財テクですか?」と聞かれたこともあります。

開業した当時、私は一人になっても10年始めようと決心していました。しかし30年前の当時は、開業したとたんに、病院では出来たことが出来なくなりました。先ほどにもお話がありましたが、当時は血圧を測ることも医師の医療行為、看護師が勝手に判断してはいけない。そこで私は「保健師助産師看護師法」第5条で認められている“療養上の世話又は診療の補助”、同時に第37条で認められている“臨時応急の手当”を拡大解釈いたしまして在宅看護を始めました。

45年間の看護師生活、うち31年前からは在宅看護に従事するなか、たくさんのご家族からお手紙を頂いています。既に亡くなられましたが、ある強直性脳性麻痺の書道の先生は「あなたは直ぐに駆けつけてくれる、駆けつけようとする言葉がある、看護師にしかできないことをしてくれる。そして話に偽りがない、患者としてではなく、いつでも人として対等に向き合う。そこが良い。」と言ってくださいました。また、ある方は、「看護は必要な時に必要なだけして欲しい。必要以上のことをされると私たちはパニックしてしまう」。現状はどうでしょうか。10人ぐらいの医療チームが取り囲み、患者さんや家族がそっちのけにされている場面がよくあるように思います。これが最高の医療現場でしょうか、私はそうは思いません。

30年以上も前でさえ、有料で私に看護を依頼されてきた方がいる、その方たちは自由と尊厳と責任を持ち合わせていたように思います。最後の看取りは家族や親しい友や知人、ヘルパー、ナース、医師、それらの関わりによってケースバイケースで良い、ご自分で選べるべきではないでしょうか。今、医療の現場が枠にはまりすぎている、与えることばかりを考えている気がしてなりません。家庭という場は家族一人ひとりが作ってきた場です、そこでは(医療・看護に携わる人間も)単なる技術者ではなく、もっと同じ目線で話してほしい、話を聴いて欲しい。今回の看護センターの取り組みが、在宅ケアの現場を枠にはまったものから家族と本人主体のものに戻すきっかけになるのではないかと大きく期待しております。

私自身は、2010年からご自分が自分らしく最後を迎える主体的医療という視点から、地域の在宅介護を支える民間認定のメッセンジャーナースの育成に取り組んでいます。しかし、31年の取り組みの中で出来なかったことがあります。看護・介護される側の方がご自身で自らの力を引き出して自分に合った方法で健康を維持する看護の仕組みを作ってこなかった。私自身が現場で一人ひとりの方には努力してきました。話せない方に「ご自身が話せないと思っているだけで、本当は話せますよ」と語り続け、突然に歌を口ずさむようになった方もいます。そんな風に現場で個人的には努力してきましたが、多くの在宅介護の現場の医療関係者に気づきを与えて、社会全体を変えるには至らなかった。今回の在宅看護センターの重要な取り組みの一つが「主体的に健康管理をする」とあります。医師や看護師が集う場所づくりは、本当に重要です。真の在宅看護の実現のために、今回の全国的な取り組みに私も参加・協力していきたいと思います。


プライマリ・ケアと、「代理人」としての訪問看護師の重要性

公益財団法人東京財団 研究員兼政策プロデューサー 三原 岳氏

まず、プライマリ・ケアとは何かですが、日本人で初めてイギリスの家庭医の資格を取得された澤憲明氏の定義によりますと、様々な健康課題—風邪、めまい、糖尿病、切り傷、ヘルニア、子どもの問題、うつ病、不眠症、緩和ケアなど—を一手に引き受けて対応すること。イギリスとオランダなど欧州各国では、GP(General Practitioner)と呼ばれる家庭医がプライマリ・ケアの担い手となって約90%の健康課題に対応し、残り10%の自分に手に負えないものに関して専門医に紹介します。

実際にイギリスの家庭医を訪問した経験がありますが、カウンセリングルームのような場所で、患者一人当たり10分間の診療時間に対して後半5分間を対話に割く。例えば「頭が痛い」相手には医学的なアプローチだけでなく、「子育てと仕事の両立が難しいようだ、ワークライフバランスを見直しては」と助言し、また電子カルテを使いつつ、看護婦やリハビリ職とも連携しつつ生活を支援します。

一方、日本では専門医が多く、医療と介護のシステムが細分化されています。結果として、日本人の健康寿命が延びた反面、現在のシステムで高齢化社会を乗り切っていけるのか。現状では、自分で細分化したサービスを選択しなければならず、結果的に、たらい回しも起きやすい、利用者の満足度も得にくいと私たちは考えています。また医療・介護連携が盛んに言われます。確かに多職種による連携は非常に重要ですが、往々にして誰もが無責任という状態にもなりがちであり、患者の健康に責任を持つ「代理人」が必要ではないかと考えています。その代理人の代表例がGPと見ています。

日本でもイギリス等の家庭医に近い総合診療医を2017年度までに設ける構想があるものの、実現予定は10年以上先です。この背景にはプライマリ・ケアを担う専門職を育成してこなかった歴史があります。国は1980年代、イギリスの家庭医に近い医師の育成を目指したのですが、日本医師会が反対しました。当時の新聞記事を見ると、「診療報酬が出来高払いではなく、包括や人頭払いになり、医療費が抑制されることを懸念した」と出ています。その代わりに1993年度からかかりつけ医に関するモデル事業がスタートしました。しかし、イギリスの家庭医が患者と常に一対一の関係であるのに対して、かかりつけ医は患者が複数持つことができます。このため、患者がこの先生に眼を、腰痛はこの先生と複数の医師を訪れているのが現状で、家庭医とかかりつけ医は似て非なるものとなっています。結果的に日本ではプライマリ・ケアを担う専門職の育成が後手に回ってきたといえます。

その一方で、地域包括ケアシステムの構築においては、医療と介護にかかわる多職種の連携が必須です。ところが、実際の現場では、医師と介護ケアマネージャーとの連携が問われています。医師は介護のケアマネージャーを良く知りませんし、患者に対しても生活支援というよりは症状を診てしまいます。一方でアンケート結果によるとケアマネージャーは医師、特に病院勤務医に対して「話し合う機会が少ない」「コミュニケーションに苦手意識を感じる」などの壁を感じています。こうした状況下、医療と介護の両方の現場を知り、両者の「翻訳者」となれる看護師の存在は非常に重要ではないかと考えています。

地域包括ケアを実現するまちづくりには4つの要素があります。①医療・看護、介護・リハビリテーション、保健・予防—-このための病院・施設配置、健康づくり ②生活支援・福祉サービス—隣人による相互扶助 ③すまいと住まい方—つまり住宅・都市政策、そして④本人・家族の選択と心構えですが、4番目が意味するところは“自己決定”であり、実は地域包括ケアで最も重要な要素であり、これからの政策は、“自己決定”をどう支えるかという視点で考えていかなければならないと考えています。

“自己決定”を阻む問題点としては、制度面では複雑すぎる制度、細分化したサービス体系を簡素化する必要があります。そのためには治療・ケアをするほど報酬がつく出来高払い制度を見直す必要がある、保険点数が中央集権で決まることでの現場に歪みが出てきているのではないかという問題意識も持っています。

さらに自己決定を阻む現場での問題点としては、疾病だけではなく患者の「代理人」としてプライマリ・ケアの提供を通じて生活を支える専門職、対話を通じて住民の自己決定を支える専門職が少ないこと。地域や生活を見る目を持つ訪問看護師が育つことが、地域包括ケアの実現に結びつきます。病気を治すことだけがこれからの医療ではない。対話を通じて本人中心の自己決定を支える仕組みを実現するためにも看護師が重要な役割を担っていくと期待しています。

※この記事は、2014年2月24日に開催された「日本財団在宅看護センター」起業家育成記念フォーラム内容を要約しました。文責は当編集部にあります。

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