識者に聞く
サービス・イノベーションのススメ
第4回「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授 野﨑 俊一 さんの講演からNPO法人エティック(東京都渋谷区)とアメリカン・エキスプレス財団(本部:ニューヨーク)は、このほど30名の社会起業家を対象に“サービス”に特化した研修を都内で開催した。立教大学でビジネスデザインを研究する野﨑 俊一さんの講演の模様をお届けしたい。
第4回「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」研修の模様はコチラ
サービス・イノベーションが新たな競争の源泉に
モノづくり重視の日本企業は、サービス分野の意識改革が遅れ、米国企業に大きな後れを取っています。社会貢献型の企業やNGO/NPOでは、組織の持続性を確保するためにもサービスへの意識変革が強く求められています。
アメリカでは競争力を高めるために、特許権・パテントからなる新技術の創造が進み、また労働者の技能と意欲向上からなる人的資源の開発に目が向けられました。アメリカを代表するIBMは、サービス・サイエンスに関するリサーチ全体をSSME(Service Science Management and Engineering)と呼び、サービスの向上こそが諸問題を解決し、生産効率をあげ、新しいイノベーションをシステムマテックに生み出すとしました。
IT産業にはスマイルカーブというものがあり、ハードの製造・組み立てから利益を出すという従来型の発想ではなく、「ソフト開発・R&D」と並んで「企画・提案・ブランド力・サービス」が収益を生む源泉とされています。
有名な話ですが、IBMは2005年にPC事業を中国のレノボに売却しました。いま利益を出しているPCの製造・組み立てもやがては重荷になると見極めたのです。
IBMではSE (Systems Engineer)が一人前になるのに5年間の人材育成期間を要します。お客様のニーズをつかみ、きちっとしたシステム、つまりサービスの形に落とし込める力を身に付けるのに膨大な投資を行っています。
イノベーションが遅れている日本のサービス産業
日本といえば製造業ですが、製造業の雇用は全体の2割にすぎません。ちなみに先進国で製造業が2割以上あるのは日本とドイツだけです。日本のGDPの約7割はサービス産業(広義)なのですが、生産性は極めて低いとされています。ようやくサービス工学の研究が始まり、「価値の可視化」「組織行動・知識の可視化」「サービスの最適化」「サービス価値の創造」といった課題に取り組み始めているところです。
皆さんは事業を初めて間近な方が多いので、規模も小さく、資金力もないと思われます。また、対個人向けのサービスが中心です。日本では80年代にカスタマイズ化ということがずいぶん行われました。ITシステムをお客様向けにカスタマイズするというものですが、皆さんの規模でこれをやる必要は全くありません。それぞれの組織の仕組みを簡単で一番安いシステムに適応させた方が少ないコストで合理性の高い仕組みが構築できます。
ビジネスモデルやミッションにはオリジナリティが必要ですが、今日の情報化投資やネットワークシステムは標準化されたパッケージの導入で十分です。
実はサービス業にも輸出・輸入があります。たとえば高齢化に対応したサービスがありますが、シンガポールやタイなどの国々でも高齢化が始まっています。これらの国々では家族が面倒を見るのが一般的でしたが、都市化と核家族化で家族が親の面倒を見れなくなっています。サービスの海外展開は十分可能性があります。
ただ、皆さんのような社会貢献型サービス分野への政府からの支援は期待できません。現在、安倍内閣は成長戦略として「3番目の矢」の論議を進めていますが、自主独立型のサービス生産性向上しか道はありません。
「経営革新」と「生産性の向上」で
ドイツのシュンペータという方は、いまから100年ほど前に「新結合=イノベーション=」だと述べました。世の中が停滞したとき、次の新機軸をつくるには、①新製品 ②新生産技術 ③新市場 ④新しい資源・供給源 ⑤市場に適合した組織が必要になるというのです。①〜②はいわゆる「技術革新で、③〜⑤は経営的な革新です。イノベーションというとわが国では「技術革新」に目を向けがちですが、本来は「経営革新」であり、「生産性の向上」なのです。サービスにおけるイノベーションはまさに「経営革新」と「生産性の向上」にあるのです。
ドラッカーは組織のマネジメントこそ大切だと語りました。さまざまな組織には社会的存在意義が必要で、それがあれば組織の長寿につながり、社会貢献ができるとも語りました。皆さんのような社会貢献型の組織では、「組織の長寿」が大切になります。
地域社会と住民の関係性が脆弱になってきた現在の社会では、皆さんのような存在が必要となっています。しかし、皆さんがやろうとしている事業の市場規模は小さいうえに収益性も低く、事業を起こすには敷居の高い領域です。初期のビジネスモデルがいつまでも維持できるとは限らず、イノベーションには第三者の協力も含めて、弾力的な対応が欠かせません。
たえず変化する市場のニーズに合わせて、組織を変化させる柔軟性が必要だと考えます。
見えないサービスを“見えるサービス”に
「サービス」に明確な定義はありません。過去、サービスは生産を補完する概念ととらえられていました。第三次産業を見ると、無形のサービスに物づくりの要素が含まれているものもかなりあります。ただ、サービスそのものは「活動、行為、パフォーマンス」など目的志向型です。
サービスの特性は、これまで「生産と消費が同時に発生する」(同時性)、「蓄えて置くことができない」(消滅性)、「誰が誰にいつどこで提供するかに左右される」(変動性)、「目に見えない、触れられない。」(無形性)の4つといわれていました。
そこにサービス・ドミナント・ロジックのマーケティング発想から「結果と過程」と「共同の付加価値」が付け加えられ、「同時性」と「消滅性」を1つの考え方にまとめることが提案されています。
サービスは可視化ができないため、周りの評判を聞いて判断することがしばしばあります。特に、新しいサービスの事業化は、見えない部分を“見えるようにすること”が大切なため、ホームページは有効な伝達ツールです。
皆さんのホームページをいくつか拝見しました。工夫の余地があると思います。たとえばYouTubeを使って事業内容を紹介すれば、さらに可視化が容易になり、より正確に皆さんの意図を伝えることができます。また、サービスの利用者の声が音声を含めた画像で紹介できれば、理解が進み、さらに納得感も得られます。
一番難しいのは「誰が誰にいつどこで提供するか」という(変動性)の対応です。志しをもった非正規職員の方でも経験が不足していればサービスの質は低下すると思われます。サービスを受ける側からすると、対価は同じならサービス内容の品質に違いがあれば大きな問題です。事業を運営する場合、何らかの対応が必要です。
最近の新しいサービスでは、これまで述べてきたものに加えて、お客様との関係性、途中のプロセスも大切です。歯医者さんに行ったときを考えてみてください。虫歯を治療するという結果だけでなく、途中の治療方法も重要な判断指標となります。対応が丁寧かとか、痛みを軽減してくれたかなど患者はしっかり歯科医を見ています。
先行投資には、見えざる資産である“人材の育成”がカギとなります。そうしたバランスで社会貢献型の組織は、さらに強みを維持・発揮できるようになります。
結果ではなくプロセスを大切に
いまの時代はサービスの提供者と受益者が共に喜びや悲しみを分かちあう社会です。何かを共同(時に協同)でやる場合は、結果に加えて途中のプロセスも大切にしなければなりません。
皆さんが新しいサービスを考える際の課題を整理しましょう。1つはサービスの平準化対策が必要です。誰がやっても同じ水準のサービスを維持することがお客様の満足につながります。サービスの場合は、物の販売と違って商圏が狭いため、市場規模はおのずと限られてきます。
特定の地域でサービスの事業を続ける場合、地域の人口構成などもたえず変化しますし、対象者を広げるとかサービス内容・手順を変えるなどの修正が常に必要です。顧客との関係性を保ちつつ新たなイノベーションが求められます。
サービスは「無形性」という製品特性をもっているため、たえず潜在的なお客様に自らが提供する商品の特性を可視化していく必要があります。それとともに、たゆまぬサービスの品質改善が必要です。
サービスは同じことを無意識のうちに繰り返すことがあり、付加価値の大切さに鈍感になるという課題もあります。スタッフがマンネリ化し、サービスの品質がなおざりになるという問題です。緊張感を持続し、適切なサービスを提供する持続性が問われます。いわゆるサービスの品質管理の重要性です。
問題が発生したときのトラブルシューティングも大切な課題です。こうした問題は部下に任せることなく、管理者(あるいはトップ自ら)がやるべき課題です。また、日ごろの社員教育と価値観の共有も大切になります。
先ほども申しましたが、お客様の評価は結果だけでなく、プロセスの配慮も大切な課題です。社会貢献型の事業では、共同の付加価値、つまり参加・支援・協力によって新しい価値が生まれるということにも留意すべきでしょう。
最後は“人”の問題に
サービス・イノベーションの第一ステップは、不必要なプロセスや現場の創意工夫で改善できるプロセスを見直し、過剰なものは取り払うことです。
時間軸でサービスのプロセスを見直す方法があります。個々の現場を見れば省けるものが必ず見つかります。それができれば、スタッフの作業が簡略化され、時間当たりのコストも下がります。
成功例の1つがスーパーホテルです。慣れた利用者は、チェックイン時に支払いと部屋のカードキーを渡されればチェックアウトも含め、ホテルスタッフとコンタクトをとる必要はありません。部屋には電話も冷蔵庫もありませんが、睡眠を確保する対策は十分取られています。追加料金が発生しませんから、清算は不要です。翌朝は早めにチェックアウトすれば割引される仕組みです。部屋の掃除係の作業効率が高まるからです。
皆さんのような社会貢献型の組織では、社会的な使命を達成することが組織を維持する目的となります。しかし、初期のビジネスモデルが永続的に継続するとは限りません。こうした敷居の高い領域で事業化を実現するには、第三者の協力も含め、常に弾力的な対応が欠かせません。
また、志(こころざし)だけで有能なスタッフの雇用を継続することは困難です。それなりの給与、処遇も大切ですし、組織構造も長期的な視点から再生産可能な仕組みが求められます。社会貢献型の組織は利益を上げることが目的ではないかもしれません。しかし、自らのサービス品質と競争力を維持するためには、組織を活性化する先行投資も必要です。
※本講演は6月22日・23日・24日に都内で開催された第4回「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」で行われた立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授 野﨑 俊一さんの講演の模様を当編集部が要約したものです。文責は当編集部にあります。
●NPO法人エティック
http://www.etic.or.jp/
●アメリカン・エキスプレス 社会貢献サイト
http://www.americanexpress.com/japan/legal/company/philanthropy.shtml
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