識者に聞く

対談:CSRのいまを語る:小宮山 宏 × 岩井克人

東京財団による『会社は社会を変えられる』出版記念会から

●対談に先だちイベントで報告された企業6社の具体的な取組み事例はコチラ
会社は社会を変えられる~社会課題と事業を〈統合〉するCSRの試み

参加者

  • 小宮山 宏(東京財団CSR 委員会座長、三菱総合研究所理事長、前東京大学総長)
  • 岩井 克人(同座長代理、東京財団名誉研究員、東京大学名誉教授)
  • モデレーター:今井 章子(東京財団常務理事)

進化する日本のCSR

今井:本日は対談に先立って損害保険ジャパン、伊藤忠商事、武田薬品、キリン、電通、曙ブレーキの6社のCSRの取り組み事例を語っていただきました。事業と社会課題を統合させた絶妙の事例でしたが、お二人の感想からお聞かせください。

小宮山:勉強になると同時に感動しました。CSRというと何年か前までは「儲からないことはやめろ」といった中傷もありましたが、実践でもって乗り越えてきた自信といったものを感じました。

岩井:実践に裏打ちされた重みを感じました。実は何年か前、『会社はだれのものか』という本の中で、“CSRバブル”という言葉でもってCSRを揶揄したことがあります。ほかの人がやっているから自分もやろうという程度のもので、浮かれているけれども内実がないという意味でした。

その後、地道な実践を続けているところもあると知りました。1つのきっかけは東日本大震災だったかもしれませんが、各社それぞれがCSRやCSVの方向を見つけられたのではと思っています。

今井:CSRというと、社会的課題を見つけ、企業の社会的責任を果たしていくというものですが、これがなかなか難題です。企業活動と社会的な課題の関係をお二人はどのように整理されていますか。

写真左から、小宮山 宏さんと岩井克人さん

写真左から、小宮山宏さんと岩井克人さん


課題先進国における社会課題

小宮山:環境だとか、人権だとか、さまざまなテーマがありますが、日本の大問題である少子高齢化といった課題への取り組みは少ないように思います。私自身は、社会的課題を2つくらいに整理した方がよいのではないかと思っています。

1つは、人権の保護、不当な労働の排除、環境への対応、そして腐敗の防止といった国連グローバル・コンパクトが進めているような基本的なテーマです。実はいまから100年ちょっと前、1900年の世界の平均寿命は31歳でした。誰もが貧しくて、栄養失調でバタバタ死んでいった時代です。海外で新たな事業展開を行う会社には、必要なものです。

もう1つは、日本のように物質的に豊かになった社会における課題設定です。現在、日本の平均寿命は83歳です。いま、日本が直面している最大の課題は少子高齢化であり、それが引き起こす諸問題です。医療費、社会保障費、教育、保育、介護などの制度疲労、高齢者の孤独死やシングル世帯の急増といった問題が浮かび上がっています。

今井:まさに課題先進国・日本といわれる所以ですね。途上国も深刻な課題を抱えていますが、私たちにはいつか来た道というところもあります。物質的な豊かさを超えた日本ならでは課題にいかに立ち向かうかということですね。

岩井:物の豊かさが飽和状態にあります。そのとき人間は、あるいは会社はどのようにやっていくかという問題ですね。

大量生産、大量消費が当たり前だった産業資本主義の時代、会社は労働者を大量に雇って、煙突からもうもうと煙を出して物をつくっていました。それを消費者に大量に売ることで利益を上げてきたのです。

ところが、これまでの大量生産ではもう利益は上がらなくなってきました。消費者の多様な好みに対処して、ほかの企業と違った商品・サービスにしないと受け入れられなくなっています。ほかの企業と違った商品・サービスをつくれるのは“人の頭”です。

かつて会社の資産といえば工場、設備、機械でしたが、いまでは“人”が会社の資産になる時代です。多様性(ダイバーシティ)が利益をもたらす時代になってきました。


多様性こそが新しい競争力に

小宮山:「産業資本主義からポスト産業資本主義へ」というわけですね。技術者として考えると、産業資本主義は「産業革命」という言葉に置き換えられます。産業革命によって規格化・大量生産が可能になりました。ところが日本などの先進国ではそれが終わりかけているわけです。

かつては物をつくる会社が社会をリードしてきましたが、これからは物を選ぶ消費者が社会をリードする時代です。ダイバーシティがキーワードになると思います。

今井:お二人の意見が一致しましたね。


会社の存在意義を問う

小宮山:私がCSRに目覚めたのは岩井さんの著書との出会いでした。10年以上前に神田を歩いていたら本屋さんがストライキをしていました。彼らのプラカードを見ると「会社はだれのものか」と書いてありました。それから数年して岩井さんが『会社はだれのものか』という本を出版されました。その本には、「会社は株主のものではない」と……すっきりしたのを覚えています(笑い)。

今井:せっかくなのでいまのお話を岩井さんからもう少し補足いただけませんか。岩井さんは『会社は社会を変えられる』の中でもこのテーマに触れていますね。

岩井:企業という言葉がありますが、町の八百屋さんも企業です。りんごや野菜を仕入れて売って生活をしています。トヨタという日本を代表する企業も原材料や部品を仕入れてクルマを組み立て、それをお客さんに売って利益を出しています。大きい小さいの違いはあってもビジネスの仕組みに違いはありません。

2つの違いは何かというと、トヨタは法人格をもった企業だということです。法人格というのは、企業を人として見ているわけです。法律の上で人として扱うわけです。

会社というのはそもそも社会的な存在です。日本には創業100年、200年の企業がごろごろあります。そこには当然ながら存在理由がなくてはなりません。

会社という存在が社会的な存在になるためには、社会的な存在意義=社会的貢献が必要です。社会にプラスとなる貢献をすることは、会社本来の姿です。

小宮山:八百屋の親父さんが自分の店先のりんごを食ってもだれも文句を言えません。ところがトヨタの経営者が自分の会社でつくったクルマを勝手に使ったら大きな問題になります。

岩井:トヨタの社長室で社長の机の下を見ると、この机は会社の持ち物だというラベルが貼ってあります。社長は大株主かもしれませんが、会社の持ち物である資産はすべて会社の持

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