CSRフラッシュ

今、改めて環境問題を考える part 2自然資源コストを正しく認識すれば経済成長が実現できる

公益社団法人旭硝子財団 ブループラネット賞 受賞者記念講演会から

2014年11月13日、都内 国際連合大学にて公益財団法人 旭硝子財団 平成26年度(第23回)ブループラネット賞 受賞者による記念講演会が開催された。経済成長を目標としない「定常経済」を提唱するハーマン・デイリー教授、コスタリカで自然環境の保全と持続可能な開発を実践するダニエル・H・ジャンゼン教授からのメッセージは、今の日本を考えるうえで大いに示唆に富むものとなった。

Part 1「ローカルでの実践を、グローバルに活かす時代へ」はコチラ

「今の世界は“不”経済成長、GDP=真の経済成長ではない。」

ハーマン・デイリー教授(米国) メリーランド大学公共政策学部名誉教授

ハーマン・デイリー教授は経済学者でありながら1970年代にいち早く経済に偏重しがちな世界に警鐘を鳴らした。“ハーマン・デイリーの3原則”で知られるデイリー教授が確立したエコロジカル経済(Ecological Economics)では、「有限の地球資源を基盤とする以上、経済活動だけが、無限に成長することはあり得ない。」というシンプルな事実を基本としている。すなわち、経済活動によって自然環境などの社会資本が破壊され、再生が追い付かなくなれば経済成長もストップする、社会資本が有限であるのに無限の経済成長を追い求めるのは“単なる夢”だとデイリー教授は語る。

●ハーマン・デイリーの3原則

  1. 再生可能な資源の持続可能な利用の速度は、その供給源の再生速度を超えてはならない。
  2. 再生不可能な資源の持続可能な利用の速度は、持続可能なベースで利用する再生可能な資源への転換する速度を超えてはならない。
  3. 汚染染物質の持続可能な排出速度は、環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を超えてはならない。

また、講演でデイリー教授は「持続可能な経済成長イコールGDP成長ではない」と指摘した。企業がコストをかけて事業を行うのは、利益をあげるためだ。もしもコストに見合う利益が出ないならば、企業はコストをかけず、その事業自体をストップする。このように個人や企業単位のマイクロ経済では簡単に理解できることが、マクロ経済では通用していないと教授は語る。

つまり、マクロ経済では多くの場合は社会資本・人的資源・自然資本などのコストが計算されておらず、環境破壊といった社会コストを計算すると、経済活動によってもたらされる価値はマイナスとなる、つまり“不”経済成長なのだと。

しかし、教授は「地球資源が有限である以上、永遠に経済成長し続けることは不可能だが、一方で国の政治家たちが経済成長戦略を止めることも現実的に不可能です。我々は2つの不可能にはさまれたジレンマにある。」とし、だからこそ「より少ない物質(より少ないエネルギー破壊)で物質を創りだすような技術革新」が求められると語る。

さらにデイリー教授が“異端の経済学者”と呼ばれる所以の一つは「経済成長の究極の目的は、人間が幸福になるため」だと率直に認める点だ。「多くの政治家たちは、目的と手段が逆転してしまっています。目指すべきは定常経済(Sustainable steady-state economy:持続的に安定的な経済)の実現であり、“不”経済成長を成すためには、犠牲が必要だという考え方を辞めるべきだ」と訴えた。

講演ではデイリー教授が提唱するエコロジー経済学についての入門書「『定常経済』は可能だ!(岩波書店)」をまとめた環境ジャーナリストであり幸せ経済社会研究所所長 枝廣淳子氏を交えた質疑応答も行われた。枝廣氏は「デイリー教授のお話を伺い、改めて学者、ビジネスマン、学生、主婦の方など、様々な方に“経済”の意味を問う取材を続けているところです。そこで感じるのが、多くの方が“経済成長は良くない”という言葉に過剰に反応される。“成長を否定するのは、人間の可能性を否定するものだ”と。しかし、それは単なる言葉の綾です、今の社会が追求しているのは“経済成長”ではなく“経済拡大”などと言い換えることで、違った視点で多くの方が今の経済のあり方を見直すことができるのではないか」と日本人のメンタリテイーとの関連にも言及した。

受賞者のハーマン・デイリー教授(右)とコーディネーターの幸せ経済社会研究所所長 枝廣淳子氏。

[来場者とデイリー教授との質疑応答から]

Q. デイリー教授は「定常経済(持続的に安定的な経済)」の実現に向けて、具体的な施策—化石燃料などの資源にキャップ・オークション・トレード システムを導入など—を提唱されています。それらをどのように具体的に国の政策や企業活動に反映させたら良いのでしょうか?

デイリー:企業が単独で他社との競合で不利となる施策を導入すると期待するのは現実的ではありません。業界全体で競争ルールを新しくする必要がある。例えば炭素税の導入を一部の業界関係者はグローバルな競争に不利になると反対します。しかし、法的に規制せずとも、今後は自然資源を多く保有していることがリスクとなる可能性もある。例えば、世界的な石油企業のバランスシートには大量の石油埋蔵量が資産として計上されていますが、石油を燃やせばCO2が増えて気候変動に影響を与えるため石油の資産価値は減少し、将来は時代の要請で掘削量を抑制せざるを得ないかもしれません。

逆に世界No.1タイルカーペット企業である米国のインターフェース社は時代とともにビジネスモデルを変革した成功事例です。新品カーペットの製造・販売だけでなく、古いカーペットを引き取り、素材をリサイクルするなど、今や同社は有数の環境企業としても知られています。創造性をもって変革することが成功につながるのだと思います。


「インビオは自然と調和した社会という夢の実現。」

ダニエル・H・ジャンゼン教授(米国)ペンシルバニア大学生物学科教授

もう一組の平成26年度 ブループラネット賞 受賞者は米国のダニエル・H・ジャンゼン教授とコスタリカ生物多様性研究所である。ジャンゼン教授は世界的に著名な熱帯生物多様性の研究者であり、1972年に南米のコスタリカ国立公園研究機構の研究顧問に就任、今や生物多様性の研究で世界的モデルとなったコスタリカ生物多様性研究所(Instituto Nacional de Biodiversidad)、通称インビオ(INBio)の設立(1989年)・運営に貢献してきた。

中央アメリカ南部に位置するコスタリカ共和国は総面積約51,000㎢、人口約458万人。世界の0.01%にしかすぎない面積に、世界に存在する生物多様性のなんと4%、375,000種が存在している。しかも、コスタリカに存在する生物多様性の65%がコスタリカ全体の面積2%のグアナカステ保全地域(Area de Conservación Guanacaste:ACG)—東京都よりも小さな面積—に集中している。生命の百科事典と言われるコスタリカだが、農業を主産業とするため、かつては農業用地確保のために生物多様性を破壊する熱帯雨林の伐採が行われてきた。

ジャンゼン教授とインビオは、グアナカステ保全地域の熱帯雨林を再生し、さらにその取り組みを国全体に広げてきた。インビオは、世界の研究者が利用する生物多様性バーコーディング(生物のDNAのデータベース化)技術でも、世界的な評価を受けているが、今回のブループラネット賞表彰は、ジャンゼン教授とインビオによる環境再生・保全、さらには環境活動を国の産業創生につなげた実践的な取組みに対するものだ。

今回の記念講演会ではインビオ代表のロドリゴ・ガメス博士もスピーチを行った。博士は語る「インビオの取り組みは自然と調和した社会を創るという夢を実現した一例です。インビオは自然科学者、環境保全家、そして一般市民等が集まり1989年に発足しました。地道に生物多様性の種をサンプリングし保存する、そして保護する、それらの活動を通じて生物多様性とは何かを知り、適切に活用する。戦略的な環境保全活動は、コスタリカ全体の環境教育につながり、バイオリテラシー(Bioliteracy:生物多様性への理解)を高めます。」

インビオ代表 ロドリゴ・ガメス博士

驚くのは、375,000種を見つけ、DNAバーコード化したメインスタッフたちが地元の住民ということだ。「オンザジョブトレーニングを積み重ねることによって、小学校しか出ていない分類補助員たちが高い学術的な資料を作成し、世界から訪れる学術研究者に説明するに至ります。彼らはボランテイアではなく、あくまでも職業としてインビオで働いている。農業や漁業からキャリアアップしたものもいれば、10代からインビオで経験を重ね、エコツーリストとして独立した女性もいます。」政府の協働により、インビオの環境保全活動は国全体に広がった。地元住民たちの成長とともに、コスタリカでは環境と観光をリンクさせたエコツーリズムが主要産業の一つに成長した。

環境保全活動が単なるボランテイアではなく「地元住民と地域そのものに直接的にベネフィット(収益)を得られるか否かで、インビオの活動に対する地元住民の関心は大きく異なります。環境保全地域での活動が広がることで地元住民や地域に雇用機会や様々なサービスを生み出すことも狙いです。」とガメス博士は語る。もちろん環境保全がもたらすベネフィットは収入という直接的なものだけではない。例えば、多くの環境保全地区には水の源泉が存在するため、環境保全地区の保全・再生は、将来の気候変動リスクに対応する水の供給源の確保にもつながった。しかし、生態系の環境保全活動と経済をリンクさせることは、非常に重要だとジャンセン教授は改めて指摘する。「単に生物多様性の資源を発見するだけでなく、その国の人間と経済的な利益をシェアするべきです。」

環境と経済の両立、自然と社会を融和させる取組みによって、インビオはコスタリカにおける環境問題を解決し、先進国と開発途上国の双方が学ぶべき貴重かつ実践的なモデルとなっている。

[来場者とジャンセン教授、ガメス博士との質疑応答から]

Q. 先進国でも財政逼迫するなか、どのように環境保全費用を捻出していくのか?

ジャンセン:基本的には、その国の経済活動で得た所得の一定割合を“サービスの源泉”(多くは自然資源)に還元する必要があります。例えば、エコツーリズムは年間20億ドルをもたらす。自然資源を基盤にした産業は他にもあるが、自然は無料で実際にかかった運送費などの費用だけがかかると国や企業が考えるのが問題だ。コスタリカも少しずつシステムを変更している、例えば水を有料にする、そうして得た資金を国立公園の活動費用に還元する。環境保全活動はそのようなシステムを通じて初めて維持できる。

ガメス:自然保護地区を管理することで得る科学的情報・知識も、実際の産業・経済に還元されている。例えば、気候変動によって害虫が発生して農業に影響を与える、それらの原因・解決のための情報源が自然保護地区だ。情報は無料ではなく、恩恵を受けている産業・経済が活用している“情報料”を自然保護活動に支払ってもらうこともテーマだ。

Q. 地元住民を雇用し専門的な分類補助員として育てる難しさ、トラブルはありませんか?

ジャンセン:インビオは民間非営利団体ですが、地元住民はボランテイアスタッフではなく、地元住民にとって分類補助員は収入を得る純然たる職業です。普通の会社で従業員を育てるのと同じように、例えば大工の棟梁について見習いが仕事を覚えるように、OJTで仕事を教えていきます。インビオの環境保全活動は、バイオ地熱発電を開発する、オレンジの皮など現地で採取したバイオスペックを製薬メーカーに提供するなど、様々な所得を生み出します。かつて自然保護地区は何も収益を生み出さず、保護費用だけがかかっていましたが、今は様々な経済波及効果や雇用機会を創出しています。


●お問い合わせ:公益財団法人 旭硝子財団
http://www.af-info.or.jp
email: post@af-info.or.jp
●平成26年度(第23回)ブループラネット賞記念講演会について
http://www.af-info.or.jp/blog/b-info/2623-1.html

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