国内企業最前線

シリーズ 未来につなぐ復興-①安全・安心な“家づくり”で、被災者の暮らしを応援。

積水ハウス株式会社の取り組み

阪神・淡路大震災から20年、東日本大震災から4年が経過しようとしている。 この間も震度6以上の地震が3年から5年に一度の割合で各地を襲い、甚大な被害を及ぼしている。私たちは自然災害といかに向き合うべきなのか。企業や市民団体の取り組みをとおして、未来につなぐべき英知を探ってみた。第1回は住宅メーカーである積水ハウスを取り上げた。

積水ハウス株式会社 コーポレート・コミュニケーション部 広瀬雄樹CSR室長

地震発生から3時間後、備蓄物資を東北へ

Q1 東日本大震災からまもなく4年が過ぎようとしています。積水ハウスはあの震災をどのように受け止め、どのように対応されたのでしょうか。

広瀬: 東日本大震災からまもなく4年が経過しようとしています。積水ハウスグループは、地震発生直後から被災地のお客様の安否確認を進めるとともに、仮設住宅や災害公営住宅などの建設に取り組んできました。

東日本大震災は被災地域が広域に及んだこともあり、防災集団移転や土地区画整理が思うように進まず、いまだに多くの方が仮設住宅などで不自由な生活を強いられています。被災者の生活基盤となる住まいを一日でも早く建築し、お引き渡しすることが住宅メーカーの社会的責任であり、使命であると考えています。

社会の一員としての取り組みは、以下の7つに集約されます。1つは「緊急物資の支援」、2つめは「お客様と住まいの安全確認と復旧工事」、3つめは「仮設住宅の建設」、4つめは「復興住宅ニーズへの対応」、5つめは「義援金寄贈とチャリティ支援」、6つめは「現地製品消費による経済支援」、そして7つめが「新入社員の復興支援活動」です。

震災直後に行われたお客様の安否確認


関西の善意を“相乗り”で東北へ

Q2 個々の取り組みはどのようなものだったのか、「緊急物資の支援」からお聞かせいただけますか。

広瀬: 巨大な地震が東北地方を襲ったと知り、食べ物や水がただちに不足すると考えました。静岡工場(掛川市)に東南海地震に備えた備蓄物資がありましたので、地震発生から3時間後に東北営業本部(仙台市)に向けて第一陣が出発しました。ペットボトル、非常食、簡易トイレ、毛布などです。

当初はお客様や従業員を想定したものでしたが、避難所にいる現地の方々にも対象を広げました。行政もてんやわんやで、避難所に入れない被災者には届かないという状況でした。医療系・福祉系の中間支援団体と連携し、いつどこに届けるという形で手渡しするようにしました。「緊急物資の支援」は最終的に10トントラックで90台分となりました。

積水ハウスの本社がある関西地方は被災地から1,000㎞も離れており、「何かやりたいが、物流の手段がない」という声が寄せられました。幸いなことに私どもには仮設住宅の建設という使命があり、東北道の通行が優先的にできました。ネットワークを拡げて物資の協力を呼び掛け、当社のトラックに物資を載せて運ばせていただいたことから「相乗りプロジェクト」と呼ばれるようになりました。市民、行政、企業、NPOのコラボとしてマスコミなどにも紹介されました。

被災地への物資輸送に協力


延べ31万人。いまも続く被災地への派遣

Q3 「お客様と住まいの安全確認と復旧工事」はどのように進みましたか。

広瀬: 地震があった翌日の3月12日からお客様への訪問をスタートさせました。震度5以上のエリアだけで、17万戸のお客様がいました。余震が続く中、支援部隊が続々全国から駆けつけ、お客様情報を元に一軒一軒訪ね、お客様の安否確認と建物の点検を行い、補修が必要なものについては手配を行いました。

全国の積和建設グループ(100%子会社)および協力工事店による自主組織「積水ハウス会」も全面的に協力してくれました。2013年末までの復旧・復興工事への派遣人員は延べ約31万人、現在も1日当たり250人規模の派遣を続けています。

Q4 初期の復旧では「仮設住宅の建設」が待たれましたね。

広瀬: 暮らしの再建には、住まいの確保がなによりも優先されます。積水ハウスグループは、宮城県を中心に2,771戸の仮設住宅建設に関わりました。職人さんをいかに確保するかが大きな課題でした。幸いなことに積水ハウスグループには建物をきちんと建てる技能をもった協力工事店によるバックアップがありました。

私どもが建てた仮設住宅は「シャーメゾン」と呼ばれるアパートの建て方で建てられるため、簡易仕様といってもしっかりしています。なかには「流される前の家よりも住みよい」というお声もいただき、励みになりました。被災者はやがて次の住まいに移られるわけですが、口コミで評判が広がり、積水ハウスにご用命いただくケースも増えています。

施工が急がれた仮設住宅


復興支援住宅「がんばろう東北」を発売

Q5 「復興住宅ニーズへの対応」は本格的に始まっているのでしょうか。

広瀬: 東北の皆様に一日も早い生活再建をしていただくため、復興住宅の建設にも力を注いでいます。早期着工・工期短縮を実現するため、2011年4月には復興支援住宅「がんばろう東北」モデルを用意しました。安全性とコストパフォーマンスに優れた住宅です。

仮設住宅の居住期限は自治体の判断により4年間に延長可能となりましたが、なかには自立して住まいを確保することが難しい方もいらっしゃいます。また、津波で家が流された地域では、元の場所で家の再建ができないケースもあります。

行政が公的な賃貸住宅である「災害公営住宅」の建設を進めています。積水ハウスグループでは、災害公営住宅の建設にあたっては、東北地方の産業を活性化させることを目的に、地域の建築部材を使う「地産地消」を推進しています。また、木造住宅「シャーウッド」専用の陶版外壁「ベルバーン」の増産を図るため生産ラインを東北工場に増設し、地域の雇用拡大にもつなげています。

Q6 「義援金寄贈とチャリティ支援」と「現地製品消費による経済支援」についてもお聞かせください。

広瀬: 東日本大震災では、グループ従業員やOB・OGにも呼びかけ、これまでに8‚298万円の義援金を送りました。

被災地では津波などにより、多くの雇用場所が奪われており、なかでも障がい者への支援が十分ではないのではとの問題意識を持ちました。そこで被災地の障がい者福祉事業所の商品などを購入して、生活を支える「ミンナDEカオウヤ」や被災地の障がい者と各地の企業が仕事でつながる復興支援活動「ミンナDEツクロウヤ」に協力してきました。ノベルティ制作や名刺印刷など業務の一部を委託したりもしています。

復興庁が中心となって進める官民連携「結の場」にも参加し、現地の中小企業に対するヒト・モノ・情報・ノウハウによる支援も行っています。


“被災地の声”をどう受け止めるか

Q7「新入社員の復興支援活動」とはどのような取り組みでしょうか。

広瀬: 2012年度の入社式で、阿部俊則社長が「東北を自分の目で見て、人々の人命や財産を守る住宅産業の役割を体感してほしい」と語りました。以来3年間、この一言がきっかけで、総合職入社の新入社員が被災地での復興支援活動に従事し、これまでに1,373人が活動に参加しています。

被災地の人々のナマの声に耳を傾け、汗を流すことで、お客様のニーズにいかに向き合うか、住宅メーカーの社会的課題とは何かを把握できたらと考えています。「いつもの新入社員と一味違う」という評価を下す上司もいます。

このほか、岩手県・宮城県・福島県への社内旅行を推奨しています。この3県への旅行に会社が費用の一部を補助し、2014年11月末までに延べ82事業所4,268人が東北への社内旅行を行いました。

新入社員の復興支援活動から


自然災害と向き合う住宅メーカーの使命

Q8 わが国は自然災害のリスクに常に備えなければいけません。まもなく阪神・淡路大震災から20年を迎えますが、事業の継続にどのような備えが必要とお考えですか。

広瀬: 3年から5年に一度震度6以上の地震が襲っています。実は1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災では、当時私が住んでいたマンションも全壊いたしました。住まいを失うつらさは体験したものでなければなかなか理解できないかもしれません。

幸いなことに神戸・六甲山の裏に私どもの研修施設があり、大きな被害を免れていました。そこを全国から駆けつけた職人さんの宿泊施設にし、道路網もズタズタの状況でしたから、原付バイクを大量に購入して被災したお客様の対応に当たりました。

積水ハウスのプレハブ住宅は地震にも強いという評判とともに、「真っ先に駆けつけてくれた」「面倒見がよい」という口コミが広がり、「家を建ててほしい」という行列が営業所の前にできたほどです。

住宅メーカーの使命は、“建物とお客様の暮らしを迅速に復旧・復興させること”にあります。


街も工場も防災の備えを強めたい

Q9 東北でも新しい試みが始まっていますね。

広瀬: 日本初となる防災に強いスマートタウン「スマートコモンシティ明石台」(宮城県富谷町)が2012年2月に誕生しました。すでに153世帯、568人(2014年2月末時点)の方がお住まいです。街の中心にはクルドサック(袋小路状の道路)と呼ばれる広場が設けられ、広場の周りに蓄電池を備えた住宅が配置されています。万一、災害で停電になってもそこには明かりが灯り、エネルギーの自給自足で防災拠点になれる街づくりを目指しました。

「スマートコモンシティ明石台」

また、当社独自の「住宅防災」の考え方をベースに、お客様や地域社会に安全・安心を提供するため、東北工場(宮城県色麻町)の「防災未来工場化計画」を進め、平時はスマートエネルギーシステムによりエコな工場を目指すとともに、災害時はタフな防災拠点としての役割を担えるようにしています。

防災備蓄を強化し、電気・水・ガスのライフラインも確保しています。色麻町との防災協定により地域住民と連携して地域全体の防災力の向上に努めています。今後はここでの教訓を全国の生産工場、物流拠点にも広げ、「防災未来工場」化を推進していきます。

東北工場で行われた地域との総合防災訓練。官民が連携するこの取り組みが先進的と見なされ、2015年3月に仙台市で開催される「国連防災世界会議」のスタディツアー視察先に選定された。


CSRからCSV(共有価値の創造)へ

Q10 住宅は高額な商品です。新しい価値をいかにつくりだしていくかが求められています。

広瀬: 住宅の普遍的な価値は、〈やすらぐ、くつろぐ、味わう、楽しむ〉など心地よさの実現にあります。積水ハウスグループは、先進の技術(SMART)で、快適な暮らし(SMART)を実現するというブランドビジョン「SLOW & SMART」を掲げ、「SLOW & SMART」の実践により、お客様の安全・安心・快適・健康な暮らしを実現する新しい価値を生み出すことができると考えています。

これからは従来のCSRをさらに大きく前に進めるため、ステークホルダーとの連携によりCSV(共有価値の創造)に向けた取り組みを一層強めていきます。CSVをとおして、社会課題を解決すると同時に、さまざまなステークホルダーに新たな価値を提供できる企業に成長してまいります。(2015年1月)


<お問い合わせ>
積水ハウス株式会社 コーポレート・コミュニケーション部CSR室

http://www.sekisuihouse.co.jp/sustainable/2014/index.html

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