識者に聞く
ザンビア支援に汗を流す
かつての企業戦士が体験したアフリカ振興の旅~上野 和憲さんに聞く日本の高度成長を支えたかつての企業戦士がアフリカ・ザンビアの地で産業育成に汗を流し、このほど2年ぶりに帰国を果たした。彼の地が抱える課題、人々の暮らしや経済のゆくえとともに、現地での奮闘ぶり、さらには日本が取り組む国際支援のあり方を語ってもらった。
ザンビアという国
Q1.お疲れ様でした。アフリカといってもひとくくりにできないと思いますが、赴任されたザンビアとはどのような国ですか。
上野:アフリカというと皆さんはどんなイメージを持ちますか。私のような団塊世代だと東京オリンピックで金メダルを取った裸足のアベべ(エチオピアのマラソン選手。ローマオリンピックと連続でアフリカ黒人初の金メダルを得た。編集部注)のような肌の黒い人たちが野生の動物と一緒に暮らしているという印象かもしれませんね。
私が訪れたザンビアは、国土の30%が国立公園と野生動物保護区からなり、これらの地域では人の居住が禁止されているので、人間と野生動物は完全に棲み分けられています。
ザンビアそのものは、南部アフリカの中央に位置し、8カ国に隣接する内陸国です。先ほどアベベの話が出てきましたが、そのアベベが参加した50年前の東京オリンピック(1964年開催)の開会式では英領北ローデシアとして参加、オリンピック閉会式当日の10月24日にイギリスから独立したので、国外で最初にザンビア国旗が翻ったのが実は東京の国立競技場でした。
国土は日本の2倍もありますが、人口は東京都とほぼ同じで、独立以来紛争がない平和な親日国家です。気候は温暖で乾季と雨季があり、乾季には一滴の雨も降りません。ちなみに気温は11〜4月の雨季が17~28℃、5〜8月の乾季が9~24℃(冬)、9〜10月の乾季が20~32℃(夏)です。
観光スポットとしては世界3大瀑布の一つとして知られるヴィクトリアの滝(幅1.7Km、落差108m)が有名ですが、豊富な水資源により電力は100%水力発電でまかなっています。産業構造は銅やコバルト等の鉱物資源に依存しており、GDPは島根県やトヨタの営業利益とほぼ同規模ですが、2030年までの所得向上を目指したVision2030を経済目標に掲げています。
国連は、一人当たりの国民総所得(GNI)がUS$992以下の国を後発開発途上国と定めており、2014年7月時点では世界48カ国が後発開発途上国に属し、アフリカではザンビアを含む34カ国が、アジアではカンボジア、バングラディシュ、ミャンマー、ラオスなど9カ国が後発開発途上国とされています。
Q2.国情は分かりました。そんなザンビアに上野さんを駆りたてた動機は何だったのでしょうか。
上野:私は日本の大手企業に1970~2000年代の35年間勤務していました。この時代は多くの日本企業にとってまさに国際化推進の時代でした。
欧米市場へ製品を輸出し、韓国・台湾・東南アジアそして中国へと次々に生産拠点を展開していく一方で、アフリカ諸国を対象としたビジネスには無縁だったことから、退職後はアフリカで仕事がしてみたいと思っていました。
ザンビアに魅かれたのは、東京オリンピックをTVで観戦していた高校3年生のとき、日本中が熱狂した東洋の魔女とソ連との女子バレー決勝戦の審判がザンビア人であったこと、またその国名が開会式と閉会式では違っていたのもザンビアに惹かれたきっかけだったかもしれません。
Q3.上野さんは定年後マレーシアにも行かれたと聞いています。マレーシアとザンビアに何か共通したものがあったのでしょうか。
上野:ザンビアの国家目標はアフリカのマレーシアになることです。経済目標であるVision2030も、2020年までに先進国入りを目指して設定されたマレーシアの Vision2020を参考につくられたものです。穏やかで、親日的な国民性もマレーシアと酷似しています。
ご存知のようにマレーシアの経済成長のきっかけは第4代首相に就任したマハティールが「日本の成功に学べ」とばかりに進めたLOOKEAST政策にあると言われています。
もちろん、2つの国には明らかな違いもあります。ザンビアは国民の半数以上がキリスト教徒ですが、マレーシアはイスラム教を国教としています。国民一人当たりのGDPはザンビアがUS$1,400であるのに対し、マレーシアはUS$10,550と1桁違うこともあり、マレーシアにある高層ビルや高速道路はザンビアでは見当たりません。またマレーシアにあるのは熱帯ジャングルですが、ザンビアは乾季と雨季のある熱帯草原サバンナです。
私のミッション KAIZENの浸透
Q4.アフリカの国々も抱える課題はさまざまだと思います。派遣先から上野さんに与えられたミッションは何だったのでしょうか。
上野:私に要請された仕事は、日本企業が実践しているKAIZEN活動をザンビアに普及し、KAIZENに資する人材を育成指導することでした。
目的は企業の国際競争力を強化し、投資と輸出を促進することによってザンビアの経済浮上を図るきっかけにしたいということでした。今や産業界でKAIZENと言えば、TSUNAMIやKARAOKEと同様にアフリカだけでなく世界のどこの国でも知られる言葉です。
一時期、経済成長著しい国々の象徴としてBRICSという言葉が用いられましたが、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)に加えて、南アフリカ共和国(South Africa)が含まれています。
南アフリカ共和国はザンビアの近隣諸国の1つですが、手術を要する重病と診断されたときは今も南アに行きます。またスーパーで購入する食料品をはじめほとんどの商品が南アからの輸入品で占められています。それもその筈、スーパーや多くのホテルが南ア資本の経営で、空の旅は南ア航空かケニア航空となります。願わくば‟追いつき、追い越せ”の対象なのです。
Q5.実際に現地に着任して、派遣先の説明や把握と食い違うことはなかったのでしょうか。
上野:着任1年後に、KAIZEN活動の全国展開を図る目的から、日本人専門家5名と現地コンサルタント候補9名からなるKAIZEN Institute of Zambia(略称KIZ)が発足しました。
KIZが本格稼働してからは、KIZでは対応し難い中小零細企業への支援が主な業務となりましたが、ザンビアの中小零細企業が抱える課題は、KAIZENではなくKAIHATSUと言っても過言ではありません。
私たちの勤務先であるザンビア開発庁は、投資促進と輸出振興、中小企業支援を担う通商貿易省傘下の政府機関です。私たちが配属された部署では、政府や投資家が必要とする情報を調査企画し、産業振興策を企画立案していましたが、職場の同僚は高学歴の高級官僚です。
全製造業の90%以上を占める中小零細企業はどこも従業員が数人程度の小規模企業が占め、起業意欲は旺盛ですが、金融機関の貸出金利は40%前後で、内陸国ゆえに輸送コストがかさみ、商品を生産しても包装資材が調達できないなど、解決し難い課題が山積しています。
日々の暮らしと私の取り組み
Q6.日々の暮らしと、具体的な仕事はどのようなものでしたか。
上野:人は生命を維持するために食物を摂取しますが、それだけでは飽き足らずに、世界各地で美食を求めて食物を加工し、料理し、食文化を極めています。
一方アフリカでは、食べるのは生きるためであって、楽しむという食文化はありません。また家電製品を購入して余暇を生み出し、映像や音楽を楽しむような生活をしたいという意欲もあまり感じられません。
このことは他人や他国と競う意識を経済成長の活力としている国々との価値観の差に起因するものです。従って先進国の論理でここを改善すべきとか、同情や憐憫の情から施す支援が、無理な押し付けや押売りになっていないかと心の中で葛藤することもありました。
いずれにせよ東南アジアで望まれ受け入れられたわが国の支援が、そのままアフリカでも通用し、人々を幸福にするとは限りません。「アフリカへの支援は、アフリカ人をもっと知ることからスタートすべき」というのが、日々の暮らしと仕事から得た教訓です。
Q7.課題の解決に向けて上野さんから現地の窓口あるいは責任者に提案したことがありましたらお聞かせください。
上野:人類にとって自然を失ってまで手にする豊かさはなく、アフリカの経済成長は自然保護との融和を前提として取り組むべきでしょう。
日本企業は、縫製産業や組立産業のような労働集約産業の工場を開発途上国に建設し、現地の雇用を創出することによってその国の経済発展に寄与してきました。ただ、中小零細企業の多いアフリカでは、日本の片田舎や町工場に息づく技術の中にこそ、アフリカの経済発展に役立つ基盤技術が数多くあることを知りました。
日本の中小企業が保有する技術の中から、アフリカの企業が必要としている技術を棚卸し、技術移転によってアフリカの起業家たちを支援すべきだと提案しています。
Q8.日本が取り組む国際支援のあり方についてはご意見がありませんか。
上野:日本のODAは「国際社会の平和と繁栄に貢献することによって自らの平和と繁栄をもたらす」ことを基本理念としています。ただ、友好親善と相互理解を重視するあまり、ソフトパワーの拡大と称される知恵とシステムの普及浸透に偏りがちです。
一方中国のODA活動はより戦略的で、公共施設の建設寄贈やインフラ整備によって中国に対する理解と支持を高め、中国製品の市場拡大につなげています。その結果、開発途上国における中国の存在は際立ち、一般庶民の認知度も高まり、中国の企業進出は日本企業に大きく水をあける形となっています。
Q9.後任には10名もの応募があったそうですが、日本のビジネスパーソンの経験はどのような海外支援に有効だとお考えですか。後任者へのアドバイスを含めてお聞かせください。
上野:グローバリゼーションの時代だと言われますが、日本の平和と豊かさは開発途上国の平和と繁栄に依存すると言っても過言ではありません。
開発途上国が共通して抱える課題は、貧富の格差に伴う社会不安であり、そうした社会的格差を解消するためにも人々の教育への機会均等が必要です。
そのためには、教育に必要な現金収入をだれもが等しく確保できるだけの産業振興策を急がなければなりません。日本が果たすべき役割は、投資や輸出を促進し、中小企業を支援することによって開発途上国の経済成長に貢献することです。これぞまさしく日本のビジネスマンの経験と知識が期待される格好の舞台となりえます。(2015年2月)
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