国内企業最前線

シリーズ:未来につなぐ復興②東日本大震災の教訓を大規模災害に活かす

大日本印刷グループの事業継続計画および復興支援の取り組み

DNP1

原発事故、ガソリン不足、計画停電。先の震災ではこれまで経験したことのない被害が企業を襲った。全国に事業拠点をもつ大日本印刷も、その影響を様々な形で受けた企業の1つかもしれない。計画停電で一部の基幹システムが止まり、福島の拠点は原発事故で避難を余儀なくされた。震災のあと、‟災害に強いDNPグループ”を合言葉に、次に備えた対策が進められている。

DNP2
大日本印刷株式会社
コーポレートコミュニケーション本部CSR推進室長 佐原 美弥様
労務部シニアエキスパート 向井 峰夫様


災害への備えが被害を最小限にとどめる

Q1 東日本大震災からまもなく4年を迎えようとしています。大日本印刷(以下DNP)は先の東日本大震災をどのようにとらえてきましたか。

向井:東日本大震災の一番の特徴は、被害が広域にわたったことと言えます。

労務部シニアエキスパート 向井 峰夫様

労務部シニアエキスパート 向井 峰夫様

佐原:そうですね。20年前の阪神・淡路大震災も大きな災害でしたが、東日本大震災の被災領域に比べると、被災地が集中していたため、復旧・復興を迅速に進めることができたように思えます。今回の東日本大震災は、被害の広域性ゆえ、そのような復興を行うことを難しくさせていると感じます。

向井:DNPも多くの事業所が被害にあいました。仙台にあるDNP東北は、敷地内に工場が併設されている比較的従業員が多い拠点ですが、事務所天井の落下等建物の被害はあったものの、地震発生後ただちに工場従業員を含め全従業員を屋外に避難させたため、幸いにも人的被害はありませんでした。これは、実は地震が多い仙台の拠点として、普段からひんぱんに訓練を実施していたその成果ともいえます。

ただ、その日はあいにくみぞれの降る厳しい天候で、避難・確認のあいだ、従業員は、屋外で2時間にわたって待機をする必要があったと聞いています。
また、営業職の中には津波に遭遇し、2日間行方が分からぬ者もいましたが、安否確認システムを駆使した結果、2日目には全員の無事を確認することができました。

復旧にあたっては、まずは特に被害の大きかったDNP東北とDNPファインケミカル福島などを集中的に支援し、復旧を急ぎました。南相馬市にあったDNPファインケミカル福島などは、福島第1原発から20キロ圏であったため警戒区域に指定されその対応も必要でした。
社員についても、家屋を流された者もおり、寮や保養所を仮設住宅にし、生活支援を急ぐとともに、相談室を設けて対応しました。


震災により浮かび上がった新たな課題

Q2 グループのCSRレポートを拝見すると、大震災以降、「事業継続のための体制構築」が熱心に論議されています。このような危機意識はどのようなところから生まれたものでしょうか。

向井:従来よりDNPは自社の「災害対策基本規程」のもと、対応組織として「中央防災会議」を設け、会議を定期的に開催していました。震災直後、その組織が「中央災害対策本部」に移行し、応急・復旧対策の指揮にあたりました。被害を受けた工場なども約1カ月でほぼ全面復旧することができました。

ただ、今回の震災では、電力の供給不足と計画停電が私どもの事業にも大きなビジネスインパクトを与えました。計画停電が始まり電気が完全にストップすると、その影響で、業務を統括するグループの基幹システムが使えなくなったたのです。対処の結果速やかに復旧させることが出来ましたが、情報インフラの役割の大きさを再認識し、事業継続計画(BCP)の大きな課題となりました。


経験を活かし、次の災害に備える

Q3 震災後、それまでの事業継続計画に変化はありましたか。

向井:震災後まず取り組んだのが、建物・施設の復旧と情報システムの強化です。中でもネットワークの二重化を真っ先に進めました。DNPでは、全国の事業所をはじめグループ会社もネットワークで結ばれていますが、震災の経験から、途中の中継点が計画停電の地域に指定され停電すると、ネットワークそのものが機能しなくなるケースが予想されました。そのため、万一に備えて情報のう回路をつくり、途中の中継ポイントで災害が起きても、う回路を使うことで基幹システムがストップしないようにしました。

2013年11月にオープンしたDNP柏データセンター(千葉県)はICTビジネスの事業継続に向け、最新の免震構造とし、電力系統の二重化を図りました。非常用電源は燃料が途絶えても72時間は稼働し断水時でも井戸水を利用するという最新設計です。

DNP柏データセンター

DNP柏データセンター

事業部門レベルでも事業継続の観点からリスク管理の視点も加えた全体最適をめざし、BCPに活かしました。全国に分散する製造拠点を連携させる統括生産管理を推進し、生産を国内で分散させるとともに統一した管理ができるようにしました。

その一例として、災害で特定の資材の供給が止まった場合に備え、資材を一定規格のものに標準化することを進めました。これまでは地域ごとに使われる資材が異なることがあり、他の工場で使えないこともありました。標準化により、どの工場が災害に見舞われても、代替作業を容易にできるようにしました。

次に取り組んだのが、今後発生が予想される首都直下型地震や南海トラフ地震に備え、災害時に中枢機能をいかに確保するかということです。中枢的な機能が集中する東京に加えて仙台、名古屋、大阪、岡山の5か所に広域連携拠点を設け、復旧体制の円滑化を進める体制を整えました。

また、震災の体験を教訓として活かし後世に残すため、社員の経験談もいれた記録集なども作成しました。


BtoB企業にできる被災地支援

Q4 被災地域の支援でもユニークな取り組みを続けていると聞きました。これまでに取り組んだ代表的なものをご紹介ください。

佐原:東日本大震災では被害が広域にわたったうえに、沿岸地域では、生活の糧となる農業や漁業を続けることが困難なほどの被害となりました。生活基盤だけでなく産業基盤そのものが痛手を負ったのです。また、従来より地域の問題であった少子高齢化や人口の流出、産業の衰退も、震災を機に加速度的に進みました。そのため、復興に当たっては自助だけでなく、外部の支援が欠かせないと考えます。

コーポレートコミュニケーション本部 CSR推進室長 佐原 美弥様

コーポレートコミュニケーション本部
CSR推進室長 佐原 美弥様

DNPグループは、お客様のニーズに基づき製品・サービスをつくり納めるというBtoBの会社で、私たちが生産するものを被災地に寄贈して支援するということはできません。そのため「私たちに何ができるか」と考え、震災直後はグループをあげて義援金を募り、全体で1億円を超える寄付をしました。グループ会社でも、北海道コカ・コーラボトリングが、清涼飲料水など3万ケース(72万本) を東北地方に寄贈したり、宇津峰カントリー倶楽部(福島県須賀川市)が富岡町・川内村からの被災者受け入れを3カ月にわたり行い、延べ1,832人を受け入れたりしました。

また、得意先である昭文社様と共同で、「東日本大震災復興支援地図」を4万部製造し、被災地の災害対策本部などに無償で配布いたしました。被災地の多くは、地震や津波で、海岸線が動いたり構造物が流され、町の目印がなくなった中、私どもが提供した地図は、復興作業に携わる方々の役に立つことができたと聞いています。

復興支援地図

復興支援地図

その後、さらに何かできることはないかと考え、全国22か所の社員食堂での「東北応援メニュー」の提供と、その売上げ金からの寄付を始めました。これは、東北地方の名物メニューを社員食堂で提供し、売上金の5パーセントに会社のマッチングギフトを加え、復興支援団体に寄付するというものです。現地に行くことができない社員も支援活動に参加することができ、グループ全体で取り組むことができる活動として、現在も続けています。社員一人ひとりの支援額は小さいものでも、私どものグループ4万人で継続的に取り組むことで、決して小さくない支援額となります。

東北応援メニュー企画メンバー

東北応援メニュー企画メンバー

「東北応援メニュー」では盛岡冷麺、浪江焼きそばなど11種のメニューをつくり、メニューのポイントとなる食材も被災地から購入するようにしています。こうして集まった寄付額は毎年徐々に増え、2013年度では260万円を超えるまでになりました。寄付先は、公益社団法人全国学校図書館協議会などが運営する「学校図書館げんきプロジェクト」とし、被災した学校図書館の蔵書の購入支援に役立てられています。

グループ会社では、ユートゥというグループ会社が得意先であるベガルタ仙台さんに協力して実施した復興支援企画が少し特徴的かもしれません。グループで扱うクラウドファンディングのサービスを使って資金を集め、被災地の子供たち1,171名を試合に招待しました。


社員有志を募って現地ボランティアをスタート

Q5 最近はNGO/NPOとも連携し、社員の現地ボランティアも進めているようですね。

佐原:震災直後からボランティア活動を続けられた企業に比べれば周回遅れかもしれません。しかし、お付き合いのある日本フィランソロピー協会さんから、まだまだ人の手による支援の手が必要にも関わらず、時間の経過とともに企業的にも個人的にもボランティア参加者が減少しているとの被災地の状況をうかがい、むしろそういう時だからこそ役に立つことがあるのではないかと思い、2013年より始めました。

2013年は石巻市で1回、2014年は石巻市と南三陸町で各1回行いました。参加者は広くグループ内で募り、計3回90名が参加しました。遠くは九州の事業所や、被災地福島の拠点の社員の参加もありました。活動内容は、石巻市では仮設住宅の清掃活動を、南三陸町では漁業支援を行っています。

仮設住宅の清掃活動では、仮設生活の長期化でカビやホコリによる健康への悪影響が懸念されているため、窓や網戸の清掃のほか、エアコンフィルターの清掃などを行いました。

漁業支援活動では、ホヤの仕掛けを海上に固定するおもりとなるサンドバックづくりをしました。土嚢袋の中に重さ50〜60キロにもなる砂利を詰める体力を要する作業でしたが、2日間で600個ほどお手伝いすることができました。

実は作業をして分かったのですが、仮設住宅に住まわれている高齢者の中には一人住まいの方も多く、孤立感を深めています。話を聞いて共感してくれる人がいるというだけでも心が休まるようです。また、漁業支援の際も、「こうして被災地に来てくれることが、被災地に住む者にとって世間から被災地が忘れられていないと感じられ、励みになる」との言葉をいただきました。

石巻市での社員ボランティア活動

石巻市での社員ボランティア活動

南三陸町での社員ボランティア活動

南三陸町での社員ボランティア活動

石巻市の開成仮設団地自治会のみなさんと参加社員

石巻市の開成仮設団地自治会のみなさんと参加社員


教訓を事業活動に活かしていく

Q6 大日本印刷は首都直下型地震など次への備えに向けて本社のある東京市谷地区の自社再開発にも防災の視点を取り入れていると聞きました。企業が果たすべき社会的役割も含め、今後の抱負をお聞かせください。

向井:当面の関心事は、いずれ起こるであろうと言われている首都圏直下型地震に備えることです。本社のある東京市谷周辺は、関連会社も多く、古くから地域の住民の皆さんと深い関わりを持ってきました。

そのため、市谷地区の自社再開発では、自社の防災対策強化にとどまらず、万が一の災害の場合は地域の皆さんに避難いただける地域貢献を考えています。

佐原:またこの市谷地区は、都内の中では比較的まとまった広さの土地であるため、生物多様性の観点から、かつてこの地域に広がっていた武蔵野の雑木林を再生する「市谷の森」計画も構想に取り入れています。

「市谷の森」整備地区イメージ図

「市谷の森」整備地区イメージ図

本業における果たすべき社会的役割については、産業間連携の一翼を担う企業として災害に備えることは社会的使命そのものであると強く認識しています。先の震災では、多くの企業でサプライチェーンが滞り、事業活動がストップし問題となりました。例えばもし私どもの製品である食品包装材を供給できなければ、顧客企業の製造ラインがストップする恐れさえあります。そのため、今後もこの点の強化を続けていきたいと考えています。

加えて、DNPがCSR活動の中で最も大切と考える、「社会に価値を提供すること」は、社員自身の社会課題に対する感度が高くなくては実現が難しいと考えています。そこで、震災復興支援現地ボランティアのような、社会の課題と向き合い感度を磨くことができる会社主催のボランティア企画は、自立した社員を育てていくためにも有用だと考えています。そのため、年齢や役職に関係なく社員ボランティアを募り、自社の力の及ぶ範囲で息の長い社会貢献を続けていきたいと考えています。(2015年2月)

・DNPのCSR情報は

http://www.dnp.co.jp/csr/


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