CSRフラッシュ

アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー2017イノベーションで未来をつくれ

イノベ―ション研究の米倉誠一郎教授が NPOの次世代リーダーたちに語る

NPOなどの非営利組織で働く次世代リーダー育成をめざす「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」が東京で開催された。9回目となる今年は全国から30名の研修生が2泊3日の多彩な研修プログラムに参加。同プログラムの総合監修者である米倉誠一郎一橋大学教授の講義の模様を取材した。

[2017年4月3日公開記事]

リーダーシップ・アカデミー2017の参加者たち

リーダーシップ・アカデミー2017の参加者たち


社会課題を解決に導くリーダーを育てたい

「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」は、公益社団法人日本フィランソロピー協会(東京都千代田区/会長:浅野史郎、理事長:高橋陽子)とアメリカン・エキスプレス財団(米国ニューヨーク市)が連携し、2009年から開催し、今年で9回目を数えます。

2泊3日の研修カリキュラムは、社会における課題解決に大きな役割を果たすNPOやNGOなどの次世代リーダー育成が目的です。

本誌は、主催者の協力を得て、今年は同プログラムの総合監修者であり、わが国におけるイノベーション研究の第一人者として知られる米倉誠一郎一橋大学イノベ―ション研究センター教授の「未来を拓くイノベシーション」と題する講義を紹介することにしました。

なお、本年は5月に九州・福岡でも「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー2017」が開催される予定です。詳しくは、公益社団法人日本フィランソロピー協会のホームページをご覧ください。


未来を拓くイノベシーション

(一橋大学イノベ―ション研究センター 米倉誠一郎教授 講演から)

講義中の米倉誠一郎教授

講義中の米倉誠一郎教授

消費が支える経済

日本のGDP(国内総生産)はおよそ500兆円。ここには企業の設備投資とか、輸出なども入るが、私たちが食べたり着たりする消費・サービスも含まれます。消費・サービスはどれくらいになると思いますか。

実は消費・サービスはGDPの60%、300兆円を占めています。つまり経済というのは人々がお金を使わないと回らないわけです。

日本は高齢化社会が進み、社会保障に毎年40兆円くらいかかるようになりました。国の財布を預かる財務省は消費税を20%くらいにできないかと考えています。消費税を5%上げると15兆円、10%上げると30兆円です。

30兆円入れば年金や社会補償もしっかりしたものになりますよ、というのが政府の主張です。そうなれば、高齢者の不安もなくなり、人々はもっとお金を使うようになるかもしれません。しかし、そうした考えは「痛み」を前提としたものです。

“痛み”を先送りしない

安倍政権は2回勝てる選挙をやりました。選挙で勝ったから、これから国民に不人気な政策もあえてやるのかと思ったら、それをやりません。

実はそれをやったのが前のドイツ首相のシュレーダーさん。2003年に消費税よりももっと厳しい環境税をやりました。それまでのドイツは“欧州の病人”と言われてきましたが、シュレーダーさんの決断でドイツの財政が安定しました。

シュレーダーさんの後を継いだのがメルケル首相です。メルケルさんが欧州であれだけ大きな顔をできるのは、ドイツのプライマリーバランス(その年に入ってくる税収と財政支出のバランスを測る指標。基礎的財政収支ともいう)が良くなったからです。

ちなみに、日本の2017年度の国家予算は約97兆円、税収は約57兆円の予定です。家庭でいえば、57万円の収入しかないのに、97万円の暮らしをしているようなものです。これはまずいと子供だって思うはずです。

アメリカでトランプ政権が発足しました。世界から入ってくるものに関税をかけて、アメリカだけは豊かにやろうとしていますが、これをやるとアメリカも世界の国々もさらに貧しくなります。

トランプさんはアメリカのさび付いた古い工業地帯を再生すると言っていますが、あそこが再生するのは保護主義ではないと思います。今、彼らに必要なのは金ではなく、教育です。鉄鋼業にどうやってITを入れて、競争力のある鉄鋼業に再生するかが問われているのです。

参考例1:ハーレーダビッドソンの挑戦

アメリカのオートバイ専業メーカーにハーレーダビッドソンがあります。ハーレーのオートバイは、最新鋭のスマート・ファクトリー(賢い工場)の導入で生まれ変わりました。

工場のすみずみまで電子化され、すべての製造・工作機器と移動機器は、取り付けられたセンサーによって、稼働状態とその位置がモニターされています。いわゆるIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の先取りです。それを支えているのがドイツのSAPというソフトウエアです。

労働者が最先端のテクノロジーを使えるようにしたのです。企業を変えるのは保護貿易でもないし、補助金でもありません。自分たちの力でそれをやらない限り、駄目だということです。

格差の少ない社会をいかに育てるか

NPOで働く皆さんは、格差はいけないと思っているでしょう。でも資本主義を選択している以上、格差は必ず生まれます。一番の問題はそれが固定化すること。弱い者はずっと弱い、貧乏人はずっと貧乏だという社会です。それを解消するひとつの手立てが教育でした。

さて、18世紀の産業革命以来、生産力向上に邁進した人類は、生産過剰と需要減退の波に翻弄されてきました。その結果、生まれたのが「富の配分」を重視し、調整する社会主義という考え方でしたが、ソビエト連邦をはじめとする実験は70年で行き詰まり、もう一つの代表格である中国も改革開放で“赤い資本主義”に大きく舵を切りました。

これまでの経験で、私たちが自主的にやりたいという力を解放しない限り、新しい「富の創造」は生まれないということが明らかになりました。たとえば社会主義体制では、「クギを1トンつくれ」という命令が出ると、でっかいクギを1本つくったという話があります。お客様や消費者という概念は社会主義では育ちませんでした。

ソーシャル・ビジネスで「新しい富」を創造する

格差の解消をどうするかは資本主義に課せられた大きな課題です。最近では、「新しい資本主義」という概念が生まれ、公益資本主義という言葉ととともにソーシャル・ビジネスが登場してきました。

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参考例2:グラミン銀行の挑戦

途上国のバングラデシュでグラミン銀行(村の銀行)が誕生しました。

留学先のアメリカから帰国し、バングラデシュの大学で経済学を教えていたユヌス教授がある村で貧困の調査をすると、農民たちが高利貸しからお金を借りて困っているというのです。よくよく話を聞いてみると、40数人の村人が借りていたのは総額でわずか30ドル弱。教授はポケットにあった30ドルを農民にあげようかと考えましたが、それでは農民の自立にならないと考え、グラミン銀行を立ち上げ、マイクロファイナンスという仕組みをつくることにしました。

村人に少額の資金を貸して、たとえばニワトリを飼って、ニワトリが産んだ卵を市場で売ることで貧困から抜け出す手助けをしたのです。

数年前、日本の学生を連れてバングラデシュのフィルドワークに行きました。現地の女性は「あなたたちが来るまで、私たちは自分が貧しいとは思わなかった」と語りました。

同行した学生の一人から、現地の虫歯をなくすために、出張などでホテルに泊まったときにホテルの歯ブラシを持ち帰ってバングラデシュの人々に贈ろうという話がありました。名づけて「ブラッシュアップ・バングラデシュ」作戦です。

ところがバングラデシュの先生方は、「モノは持ってくるな」というのです。「魚は持ってくるな、魚の釣り方を教えてくれ」という主張でした。ここがソーシャル・ビジネスとチャリティの違いなのです。彼らが自分たちの力で、どうやって生きていくのかを伝えることが大切なのです。

参考例3:グラミン・シャクティの挑戦

グラミン銀行のグループ会社にグラミン・シャクティがあります。農村の人たちに1㎡の太陽光パネルを貸し出すわけです。150万戸以上の農民に普及しています。村人の中には、それで携帯電話の充電サービスを行う人も出てきました。

私と一緒に参加した学生の一人が言いました。「1㎡の太陽光パネルはいいが、これでは冷蔵庫や電子レンジは使えませんね」と。

私は「そうだろうか」と疑問を呈しました。1㎡の太陽光パネルで動く冷蔵庫や電子レンジをつくればよいのだと話しました。技術をもった私たち日本人がこれから取り組むべき課題のヒントがここにあります。

参考例4:NPO法人コモングラウンドの挑戦

アメリカの社会起業家の旗手にロザンヌ・ハガティーさんがいます。彼女が代表を務めるNPOコモングラウンド(現・Breaking Ground)は、廃墟となり犯罪の温床となっているような建物を買い取り、綺麗なマンションにつくり変え、ホームレスの人々が「収入の3分の1」という特殊な家賃体系で借りられる、という事業を展開しています。

ホームレスに必要なのは、「ホーム」であるとし、多くの賛同と資金を集め、多くのホームレスを助けています。

病院に収容すれば年間40万ドル、刑務所に収容すれば年間6万ドル、市が提供するシェルターに収容すれば年間2万ドルのコストになるところ、コモングラウンドでは、年間1万ドル強でそれができるというデータに裏打ちされた取り組みです。

参考例5:クラウド会計ソフトfreeeの挑戦

私の教え子の一人に会計ソフトのfreeeを立ち上げた佐々木大輔さんがいます。彼は会計業務の圧倒的な効率化をめざしました。

彼の父親は町工場の経営者、母親は美容師です。彼が小さいときから抱いていた不満は月末や年度末になると両親は大輔少年と遊んでくれないということでした。大人になって分かったのは、大人たちは帳簿付けしていたわけです。

会計ソフトfreeeの社是は、「スモールビジネスに携わるすべての人が、創造的な活動にフォーカスできるように」であり、「スモールビジネスが強く、かっこよく活躍する社会を実現する」というもの。要するに、帳簿を付ける暇があったらもっといい部品をつくろうよ、伝票の仕分けをしている暇があったらカリスマ美容師になろうよというものです。

freeeの会員数は現在60万社。去年、シリコンバレーから50億円の投資がありました。NPOの中にもこうした会計のニーズが必ずあるはずです。

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参考例6 タクシーを持たないタクシー会社ウーバーの挑戦

スマートフォンの専用アプリを活用し、タクシーを呼ぶという単純なサービスで瞬く間に利用者数が急拡大しているのがタクシー配車サービスのウーバーです。人気を集める理由は、タクシーの使い勝手を圧倒的に向上させたところ。アプリに行き先を入力すれば、タクシーの到着時間や料金の目安が示されるほか、支払いも登録済みのクレジットカードで自動決済されます。

自動車の種類も格安の「UberX」から高級感漂う「UberBlack」までが選べるようになっています。ウーバーは、世界で広がっているが、国によっては摩擦も広がっています。

カリスマではなく、プロフェッショナルに

アリの社会は、女王蟻が指令をだして運営されていると考えられてきました。最新の研究では個々のアリも指令を出していることが分かりました。つまり一匹のカリスマの女王蟻にすべての運営が任されているのではなく、個々のプロフェッショナルの能力を最大限活用しているのがミツバチの社会でした。

世の中が複雑になる中で、一人のカリスマが全体を仕切ることが次第にむずかしくなっています。NPOの運営もプロフェッショナルの意識をもった仲間の総和で大きな力を発揮する時代になっています。

企業経営では、4つの経営資源が必要だとされています。ヒト、モノ、カネ、それに情報です。NPOでも事業を継続しているとさまざまな経営資源が蓄積されていきます。たとえば子供たちを対象に事業をしてきたが障がい者も加えるべきだとか、高齢者を対象にしていたが高齢者予備軍である中高年も対象にしたらどうかといった動きです。こうした動きは、企業では多角化といわれますが、蓄積されたノウハウの多重利用なのです。

ビジネスマンがビジネスで蓄えた知識を社会活動に使うのをプロボノと呼んでいます。これからはNGOやNPOの活動で蓄えた知見をビジネスに生かすという発想があってもよいでしょう。そうした意識や意欲をもった人材こそが、ソーシャル・イノベ―ションの原動力になると思います。

人々がお金を払ってくれるような事業やサービスをつくるという経験は、とても貴重なものです。一人ひとりがそうしたキャリアをつくりあげていければ、ビジネスの手法を使って社会課題の解決にもっと活用できるはずです。

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※この記事は、「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー2017」の冒頭で行われた米倉誠一郎一橋大学教授の講義の一部を要約したものです。文責は当編集部にあります。

お問い合わせ先

アメリカン・エキスプレス・インターナショナル (社会貢献サイト)
公益社団法人日本フィランソロピー協会


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