CSRフラッシュ
埼玉の農業を応援したい
定年を迎えた大学教授の“もうひと踏ん張り”埼玉大学教養学部教授として2017年3月に定年を迎えた梶島邦江さん。住民参加や住民主体のまちづくりを専門としてきたが、定年を機に立ち上げたのが「NPO法人埼玉農業おうえんしたい」だった。農業県である埼玉を応援し、その底力を引き出したいという強い思いを語った。[2019年2月27日公開]
私は“変わり者”。社会のためにもっと働きたい。
NPO法人を立ち上げる
私は2017年3月に埼玉大学教養部教授を定年退職し(現在は埼玉大学名誉教授、工学博士・一級建築士でもある)、翌月の4月にNPO法人埼玉農業おうえんしたいを立ち上げました。文系の大学教員の多くは、定年後に自分の半生を本にまとめたり、それまで読めなかった本や論文を読んで過ごします。私が社会活動をするというと、「なんでそんなことをするの」という質問を多く受けました。
私は根っからの“変わり者”ですから、自分が暮らす地域のためにもうひと踏ん張りしたいと考えたのです。通常、NPO法人は10人いないとできません。なんとか11人の仲間を集めましたが、その準備も一苦労でした。
テーマはINTERACT。自らに課した2つの使命
私が暮らす埼玉県は農家数で全国11位、農業産出額で17位と全国有数の農業県です。農業に熱心に取り組む農業者も多く、狭山丘陵で生産される「狭山茶」、北本市の「トマト」、深谷市の「ネギ」、狭山市の「里芋」、白岡市の「梨」など豊かな農産品を数多く育んできました。
ところが意外にも市民や県民の多くがそれを知りません。身近に生まれた優れた農産品を一人でも多くの市民、県民が知ることは、埼玉農業の持続的な発展にとって大きな意味を持ちます。
1つめのテーマは地域での生産者と消費者のINTERACTです。INTERACTには、「互いに作用する、影響し合う」という意味がありますが、生産者と消費者が互いを知り、よりよい関係を構築することで、新しい関係性が生まれ、そこから農業の未来に向けた挑戦も生まれると思いました。
2つめのテーマは世界とのINTERACTです。埼玉で獲れる農産品の輸出支援を通じて、世界の人々と「互いに作用する、影響し合う」に近づけたいと思っています。
「埼玉の旬を喰らう」というイベントに込めた思い
1つめの「埼玉の旬を喰らう」というイベントから紹介しましょう。身近で産出する埼玉の農産物を知ってもらうには、一番おいしい“旬の農産物”を味わってもらうのが一番手っ取り早いと考えたのです。
たとえば、5月は北本市の「トマト」、6月は入間市の「狭山茶」、7月は神川町の「有機豆腐」、10月は熊谷市の「めぬま茶豆」、11月は狭山市の「里芋」といったイベントの開催です。天候不順で開催できないものもありましたが、毎回20人から25人が集まってくれます。毎年5回をめどに計画しています。
“旬の農産物”に出会うという試みは、本当は農家にとってはとても迷惑なことです。一番忙しい収穫期にお邪魔をするわけですから”……。でも、私たちが押しかけて一緒に収穫をし、昼食をともにすると新鮮な交流が生まれます。
参加者が、地域の農業を見直してくれるのは当然ですが、獲れたての農産物のおいしさに率直に喜ぶのを見て、農家の皆さんも喜んでくれます。つくってよかったという“張り合い”や“誇り”を実感するのです。まさに「互いに作用する、影響し合う」の体験です。
日本の農村が抱える課題も見えてきた
「埼玉の旬を喰らう」は、農家の栽培/収穫/加工+食べる+眺める+交わる+学ぶの五重体験をめざしています。消費者は生産者の労苦を見聞きし、感じることで、農業・農産品・地域に対する理解が深まります。
埼玉だけでなく日本の農家がつくる農産品の質は、世界のどの国と比べても引けを取りません。ただ、農産品の加工に向けた工夫や、おいしく食べさせてくれるレストランなどの場が地域にほとんど見当たりません。
アグリツーリズムでフランスの農村に出かけると、村の中にも地元の農産品を使った加工工場があり、おいしいレストランがあります。「埼玉の旬を喰らう」のイベントでは、昼食の場や機会を大切にしていますが、こうした場を確保するのがイベント継続の大きな課題です。今後、海外からインバウンドのお客様を迎えるとなると、必ず浮かび上がる課題です。
世界に向けて輸出支援を始める
もう1つのテーマは輸出支援です。まずは「狭山茶」を足掛かりに輸出支援を行い、世界の市場を開拓しようとしています。
狭山茶をご存知ですか。「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」という茶摘み歌にもあるように、深蒸し煎茶の狭山茶は味自慢のお茶として古くから知られていました。ただ、味を重視するあまり、最近まで一番茶だけしか収穫していませんでした。それで価格も高いのです。
狭山茶は、静岡や鹿児島などの生産地に比べると栽培面積の小さな農家が主体であったため、昔から「自園・自製・自販」、つまりいま流行の6次産業化で生き残ってきました。
いま世界から見ると、日本茶は静岡、鹿児島、京都が先行しています。残念ながら狭山茶の知名度はほとんどありません。しかし、品質からいうと間違いなくトップクラスです。その特性・価値を活かした商品づくりと販売が必要なのです。
「SINGLE ORIGIN TEA」で売り出そうという試み
ウイスキーやコーヒーは、それぞれのブランドの味を大切にしています。そのためにいろいろなウイスキーやコーヒー豆をブレンドして、味の調整をします。
ところが最近では、ウイスキーにも特定の地域で生まれたシングルモルトを評価する動きや、コーヒーでいえば特定の地域でしか生産されないスペシャルティ―コーヒーが脚光を集めつつあります。
私たちもこうした動きにあやかって、狭山茶を「SINGLE ORIGIN TEA」で売り出せないかと取り組みを始めました。現在、「SINGLE ORIGIN TEA」をつくっている5軒の農家に声をかけ、検討会を立ち上げています。
相手国を知り、いかに対象を絞るか
輸出では相手国の農薬基準などクリアしなければならない課題が山積しています。当面、私たちはイタリアやフランスなど食へのこだわりのある先進国と、教え子もいるロシア、シンガポール、モンゴル、マレーシアなどに焦点を絞ろうとしています。ただし、イタリアやフランスは一番茶の価格で対応できますが、ロシア、モンゴル、マレーシアはその価格では折り合えず、あえて二番茶で対応することになりそうです。
先日、私はシンガポールに行きました。そこでは1回500kgで年4回の契約が取れそうです。ところが年間2トンともなるとその対応で一苦労です。ただし、新しいことに挑戦するということは何物にも代えがたい楽しみであり、つくづく幸せだと感じています。
狭山茶の輸出に向けた課題は、生産量と輸出量、価格帯、残留農薬、プロモーションやマーケティングに掛かる費用など多岐にわたりますが、日本の食文化を海外に伝えるということで経済産業省から支援を受けられるようになりました。
私たちが取り組む「埼玉の旬を喰らう」というイベントでは、最近、「闘茶」というお茶の品種ごとの味を当てるという余興も加える予定です。海外からインバウンドで訪れるお客様に遊び感覚で日本のお茶を知ってもらうきっかけになればと思っています。
私たちのNPOの活動は、人と出会い、時代と向き合い、世界に窓を開くことで、地元・埼玉の農業への自信、継承の意思、革新の勇気につながってもらうのが目標です。
※梶島邦江さんのお話は、特定非営利活動法人AVENUEの第35回勉強会での講演を当編集部でダイジェストしたものです。
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