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東京オリンピック・パラリンピックを持続可能な社会実現のレガシーに
WWFジャパンの「スポーツとSDGs シンポジウム」から1年後に迫った東京オリンピック・パラリンピック。競技大会で使うエネルギーの脱炭素化とともに木材・紙・パーム油・水産物などの調達で、どこまで環境に配慮できるかが試されている。公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)主催のシンポジウムから最新の動きについて報告したい。[2019年10月1日(火)公開]
2020年の東京大会で日本がレガシーとして残すべきもの
小宮山宏氏
三菱総合研究所 理事長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会街づくり・持続可能性委員会委員長
人類の歩みで象徴的な動きがあります。1つは一人当たりのGDPの変化。18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命は、20世紀に入ると私たちにも豊かさをもたらしました。一人当たりのGDPが7倍に増え、平均寿命も伸びました。1900年の世界の平均寿命は32歳、現在は72歳まで伸びています。それと同時に地球の人口が5倍の77億人になりました。
今、SDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が叫ばれていますが、これは何かというと、地球の変化のスピードがあまりにも速いために、ついてこられない国や人がいるわけです。そうした国や人々を先進国のレベルまで引き上げるという目標です。そのとき、どうやって地球そのものを維持するかという新たな課題も浮かび上がります。
飽和が始まっている
私たちが生きる社会には、3つの課題が見えてきました。1つは地球規模の環境問題。地球に手を入れて変えた結果、CO2が増えることになりました。2つめは高齢化です。今世紀中には新興国もこの課題に見舞われます。3つめは需要の不足です。
20世紀の膨張の結果、“飽和”という現象が起きています。私たちの身の回りを見てください。たとえば自動車。日本では6,000万台走っています。人口で割ると2人に一台です。もう持ちたい人はみんな持っているわけですから、飽和です。日本はあらゆるものが飽和している状態です。豊かさの質が問われています。
こうした課題を克服するには、新しい構想が必要です。私たちはそれを「プラチナ社会*」と呼んでいます。
*プラチナ社会: 「地球環境問題を解決した元気な超高齢社会」をモデルに、 高齢化、環境、産業・雇用の3つの側面から問題解決を目指す新しい社会像。小宮山さんが理事長を務める三菱総合研究所が提唱している。
新しい産業を創造せよ
かつて日本は公害の先進地でした。ようやくそれを克服しました。しかし、地域に人を呼び、地域が元気になっていくにはもっと大胆な産業の創造が必要です。
日本でどうしようもなく遅れているのが国土の8割を占める森林と農地の活用です。耕作放棄地だけで栃木県の総面積を超えています。みなさんは、日本の山は急峻なため林業には向かないと思っているかもしれませんが、大規模な機械化と情報化が進めば、林業は新しい産業になります。
森林はCO2を吸収して固定化すると思っている方がいます。でも日本の山のほとんどは成熟林でCO2を吸収しません。山の4割を占める人工林だけでも産業化できれば、5兆円の産業が生まれ、50万人の雇用が生まれます。そうなれば毎年7%のCO2が固定されます。
今、日本の最大の課題を1つだけあげれば、少子化問題にいきつきます。一人の女性が生涯で生む子どもの数は1.4人ですが、人口を維持するには2.2人必要だとされています。実は1.4人だとやがて8,000万人になるだけではなく、将来日本がなくなることを意味します。
東京の人口だけは増えていますが、東京の出生率は1.1人です。地方の出生率は1.5ありますが、なぜ東京が増えるかというと1極集中です。全体の均衡ある発展の方策を考えないとこの国は危うくなります。それにはまず地域にビジネスをつくることです。
今ある資源をめいっぱい活用する
今、木材の加工技術が進み、大きな建物も木造建築が可能となっています。木材で4階建ての建物をあちこちにつくり、50年後に使えなくなった部分をバイオマスの素材に代替するとか、紙パルプの原料として使えば、非常にサステナブルな街が生まれます。つまり循環の社会です。
もう1つは資源の問題があります。資源の飽和です。都市鉱山という言葉がありますが、日本の社会には大量の鉄が埋まっています。自動車は一台で1.5トンの鉄が使われていますから、6,000万台の車があれば、それだけで1億トンの鉄があることになります。50年前の日本には鉄はほとんどありませんでした。高度成長期に一気に増えたわけです。今は鉄も飽和している状態です。
先進国では一人当たり10トンの鉄で飽和するとされています。お隣の中国はまだ8トンですが、2050年になれば世界のほとんどの国で鉄の飽和が起きます。今、自動車の鉄の多くは、もう一度溶かして鉄になっています。都市鉱山で十分な資源になるのです。
エネルギーを考えてみましょう。エネルギーの使用は確実に減っています。GDPは増えても、エネルギーの使用量は逆に減っているのです。自動車も新車の燃費は10年前の新車の半分ですし、新しいビルの空調や照明も省エネが進んでいます。
1970年代にエネルギーショックというのがありました。そのときの日本のGDPは200兆円、今は500兆円ですが、エネルギー消費はわずか22%しか増えていません。
今、一番安いの発電方法は太陽光と風力です。1 kWhが4円です。太陽光は10年前の10分の1のコストにまで下がりました。一番高いのが原子力です。
昨年、世界でできた新しい発電所のうち70%は再生可能エネルギーです。25%が火力発電所で、5%が原子力に過ぎません。
そのうち、地下資源に頼らなくなる時代になるかもしれません。あと30年くらいで世界は大きく変わり、日本は自然エネルギーだけで自給ができる国になります。
日本は加工貿易の国だと私たちは習ってきました。海外の資源を使って加工し、それで外貨を獲得してきたわけですが、再生可能エネルギーと都市鉱山を活用すれば、海外の資源にそれほど頼る必要がなくなります。それらの資金を使って、食糧の自給や木材の自給を進め、新しい産業に育てます。
東京大会を持続可能性のショーウインドーに
東京オリンピック・パラリンピックは、サステナブルの実験の場として非常に大切です。地球持続のキーワードは、都市鉱山、再生可能エネルギー、省エネルギーにあります。省エネルギーは、日本の得意中の得意な分野ですし、生物多様性と自然との共生、ごみゼロ、プラスチックゴミをなくす取り組みなどは、いずれも地球と人間にとって重要な課題です。
今回の東京オリンピック・パラリンピックの金銀銅のメダルは、スマートフォンから金銀銅を回収してつくります。まさに都市鉱山の活用です。また、いくつか新しい競技施設をつくりましたが、競技場に使われた鉄の77%はスクラップ鉄を活用しました。
選手村は、木造を主体としてつくります。競技大会が終わった後、壊される部分もありますから、その資材をどこの自治体で使うかまで決めています。
また、ゼロカーボンでつくった水素を聖火で燃やそうとしています。聖火は1カ月燃え続けるわけですが、都市ガスだと大変なCO2の削減になります。
東京は自然との共生社会ですが、東京湾で獲れた魚を選手村で出せないかと考えました。でも選手村で使う量は半端な量ではありません。これは断念しました。表彰台は100個つくりますが、すべて廃プラスチック製になります。
1964年の東京オリンピック当時、私は大学1年生でした。ようやくオリンピックができるような国になったと高揚したものです。あのオリンピックのレガシーは何かといえば、新幹線であり、高速道路でした。まだ途上国だった日本にはそうしたハードのインフラが必要だったのです。
今回の東京大会では、持続可能社会を構成するソフトをいかに構築するかが問われています。再生可能エネルギーだとかごみゼロだとか、調達のあり方、そうしたソフトの部分をどうやって残すかが大切になっています。
より良い未来へ、ともに進もう
東京大会の持続可能性の取り組みと、脱炭素に向けて
小西雅子
WWFジャパン 環境・エネルギー専門ディレクター、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会街づくり・持続可能性委員会委員
東京オリンピック・パラリンピックでは、「気候変動」「資源管理」「大気・水・緑・生物多様性等」「人権・労働、公正な事業環境等」「参加・協働、情報発信」の5つの分野で持続可能性が追求されています。
東京招致が決まった直後の2014年の時点で、IOC(国際オリンピック委員会)は持続可能性を導入すると決めています。また、2015年のSDGsの決定を受け、東京大会がSDGsに取り組む初めてのオリンピック・パラリンピックと位置づけられています。
大会組織委員会の横に外部の有識者による委員会が立ち上げられました。この委員会で議論された意見を大会組織委員会が決めていくという形です。街づくり・持続可能性委員会の委員長が小宮山先生です。その下に「脱炭素」「持続可能な調達」「資源管理」「人権労働と参加協働」などのワーキンググループがあります。私も参加しています。
2019年3月に進捗報告書が出ています。詳しくは大会組織委員会のWebサイトをご覧ください。主要な取り組みがSDGsの何番に当てはまるかが分かるようになっています。
脱炭素の取り組みでロンドン大会を超える
気候変動のテーマには、「脱炭素社会の実現に向けて」という副題が付いています。脱炭素社会に向けて礎を築くためのイベントとして、東京オリンピック・パラリンピックを位置づけています。
東京大会の脱炭素の取り組みはロンドン大会を上回り、過去最高のものとなりそうです。次の5つの特徴があります。
1つめは環境負荷の少ない輸送。燃料電池自動車やプラグインハイブリッド自動車などの低公害・低燃費車両を導入し、交通需要についても効率的な運用を行います。
2つめは資源の有効活用によるCO2削減対策と効果。すでにある物品の新規購入を避け、レンタル等を利用することで、物品調達によるCO2排出量を8割程度削減します。
3つめは再生可能エネルギーの活用。都内の7つの恒久会場に新規に再生可能エネルギー設備を建設します。また、聖火などには福島県内の再生可能エネルギー由来の水素実証施設で製造された水素を活用します。
4つめはカーボンオフセットと市民によるCO2削減・吸収活動。市民のみなさんが、たとえば冷蔵庫を買い替えるとか、電気をすべて LEDに代えるという形で、排出量を東京大会に寄付できるようにしました。
5つめは気候変動枠組条約Sports for Climate Action Frameworkへの参加。スポーツに関わる気候変動対策の重要性を示し、各参加団体と協同で気候変動対策に貢献します。
東京大会は、リサイクル率の推進が初めて打ち出されました。都市鉱山から出てくる資源を活用することは、CO2の削減に貢献します。小宮山先生の御本では、2060年に鉄の電炉比率を60%から70%にすると述べていますが、私たちWWFが出したシナリオでも、ほぼ同じことがあげられています。
わが国の鉄鋼部門が排出するCO2は日本全体の13.7%を占めています。鉄を鉄鉱石からつくるよりも、鉄のスクラップを使うとCO2の排出量は4分の1で済むとされています。東京大会は、鉄のリサイクルが気候変動対策として位置づけされた初めてのスポーツイベントになります。
課題が残る調達への取り組み
次は「持続可能性に配慮した調達」の問題に触れます。調達のワーキンググループでは、紙、木材、パーム油、水産物、農産物などの1つひとつにどのように対応していくかを検討しています。調達コードに対する事業者の理解と取り組みを促進するため、調達コードの解説などにも力を入れています。
たとえば木材については、森林減少に由来する木材の使用を抑制するほか、追加的なリスク低減措置を推奨し、それを盛り込んだ改定を実施しています。また、木材だけでなく、農・畜産・水産物の調達において、国内において持続可能性に関する認証取得が増えるよう対策を進めています。
もし、調達のどこかの段階で問題があった場合、大会運営委員会に異議を訴える通報受付窓口も設定されています。関係する企業で問題が生じると、訴えられることも想定されるのです。
「持続可能性に配慮した調達」では、まだまだ課題も残しています。ロンドン、リオ、東京と少しでも前進させたいところですが、水産物の調達などではリオにも劣る可能性もあります。木材は型枠などですでに使われていますが、水産物やパーム油は大会の中で使用されるものです。これからも見守っていく必要があります。
※この記事は、9月に開催された公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)主催のシンポジウムの模様を要約したものです。文責は当編集部にあります。
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