企業とNGO/NPO

東北と日本の未来を考える

「2030年から見た東北」シンポジウムから

震災後の東北で奮闘する起業家、NPOなどの各種団体と花王、ジェーシービー、ベネッセホールディングス、電通などの企業が連携して進める「みちのく復興事業パートナーズ」。東日本大震災から9年目を迎える前日の3月10日に8回目となるシンポジウムを開催しました。(2020年4月8日)

2030東北1

東北を持続可能な社会の先進地に

震災前、少子高齢化や過疎化が進む東北は、20年後の日本を占う「社会課題の先進地域」といわれてきました。震災後、東北各地で復興が進むとともに、これまでと異なる新しい価値観での暮らし方への試みも始まっています。

8回目となる「みちのく復興事業シンポジウム」では、国連が提唱するSDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)達成の期限でもある2030年を視野に、東北で進む未来社会に向けた変化へのヒントを掘り起こすこととしました。

今年のシンポジウムは、当初、東京都内の電通ホールで開催する予定でしたが、新型コロナウィルス感染の広がりもあり、急遽ウエブを使って参加希望者だけに発信するオンラインでの開催となりました。

初の試みとなったシンポジウムから早稲田大学教授入山章栄さんの基調講演と震災後の東北で新しい事業に取り組む3人の実践者の活動ぶりを紹介します。


[基調講演]自立分散型社会とイノベーションの未来

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山章栄さん

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山章栄さん

先を見据えたイノベーションを

私に与えられたテーマは「2030年の社会・経済」を考えるというものですが、10年後の2030年となると多くの方はいまの延長線で考えるはずです。企業だと事業の変革が大きな課題ですが、10年先だと大胆な変革は難しいかもしれません。私自身は30年先くらいまで思考を飛ばさないと新しい発想は見えてこないと言っています。30年先を見ると、大きなイノベーションが必要だと分かります。

イノベーションの源泉は「知と知の新しい組み合わせ」だとされています。全く新しいアイデアだと考えがちですが、既存の知と別の既存の知の組み合わせから生まれます。ところが脳みそだけで考える私たち人間は、目の前に見えるものだけで組み合わせようとしまいがちです。

震災前の東北やいまの日本企業の多くがそうですが、ずっとおんなじ所でしか事業をした経験がありません。新卒で採用され、ずっと同じ場所で仕事をする日本の大企業では、新しいアイデアは簡単には生まれません。

イノベーションは「知の探索」から

イノベーションには、現在の場所からもっと遠くにある「知の探索」が必要となります。もう1つは、知の深堀りともいえる「知の深化」です。この2つが縦軸・横軸となり、そのバランスからイノベーションが誕生します。

企業だと予算とか期間もあり、失敗できないというプレッシャーもあります。そこで「知の探索」がおろそかになり、目の前に見えるものだけを深化させようとします。これでは大きなイノベーションはなかなか望めません。

求められるのは組織の多様性と個人の多様性

経営のイノベーションで、あえて課題を1つだけあげれば「人材の多様化」かもしれません。同じレベルの人が集まると、知のレベルも同じものになりがちです。いま多くの企業でダイバーシティ経営が叫ばれ始めていますが、東北では震災後、いろいろな人が集まり、その結果、「知の探索」と「知の深化」が生まれました。

多様性では、個人の中にある多様性も大切にしなければなりません。最近はマルチキャリアの方の活躍が目立ちます。マルチキャリアの人材は、一人の中に多様な知が存在しているわけです。一人の人間が多様な知見をもつということは非常に大切なことなのです。

イノベーションでは人が動いて、新しいことでつながっていくことも重要です。一人ひとりが多様な生き方をし、自分の中の多様性を高めること。働き方改革もそういう視点が入るととてもよい動きになります。

一方、「知の深化」では、無駄を省いていくという側面もあります。しかし、この部分はRPA(Robotic Process Automation: ホワイトカラーの定型作業を、パソコンの中にあるソフトウェア型のロボットが代行・自動化する仕組み)、AI(Artificial Intelligence:人工知能)が代行できるのです。逆に「知の探索」は人間にしかできません。「知の深化」をRPA、AIに任せることで、人間は「知の探索」に力を入れることができます。

だれもが納得し、腹落ちできる課題を

「知の探索」ではセンスメイキング理論(組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論)が大切です。

いまのように変化の激しい時代では、「正確な分析に基づく、将来予測」が大切になります。ところがこれが難しいのです。センスメイキング理論は、そこで「正確性よりも納得性」だとしています。つまり腹落ち感です。日本の大手企業でいま一番大切なことはこの腹落ち感です。この会社が何のために存在し、どういう世界をつくろうとしているかなのです。

もっと言えば、自分は何のためにこの組織で働いているのかという腹落ち感です。実はこの腹落ち感があると「知の探索」が進みます。「知の探索」は失敗も多いのですが、遠い未来のためにこういう努力を続けたいということになります。わが国では、大手の企業の多くでビジョンが定まっていません。従業員の腹落ち感も少ないのです。

このあと登場する東北で頑張っている方たちは、いずれも腹落ち感があっていまの仕事にがんばっています。

めざすは自立分散型の社会

いま企業多くがSDGsに取り組もうとしています。SDGsが注目される理由の1つは、そもそも決まった目的がないビジネスの世界で「遠い未来」を見つめ、腹落ちする課題を見つけ出すところにあります。

わが国でも、さまざまな起業家が生まれ、素晴らしい経営者も登場していますが、未来の組織のあり方は、より自立分散型の組織が増えることだけは確かです。本日の結論としては、これからの社会はバリューを共感できる人々が自由に集まり、新しい価値を発見していくことにあります。

オンラインで講演中の入山章栄さん(左)

オンラインで講演中の入山章栄さん(左)

入山章栄さん
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019年より現職。 「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表している。 主な著書に、 『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社) がある。


東北で胎動する“未来の兆し”

その1 暮らしを変える

一般社団法人日本カーシェアリング協会  代表理事 吉澤武彦さん

一般社団法人日本カーシェアリング協会
代表理事 吉澤武彦さん

先の東日本大震災では石巻だけで約6万台のクルマが被災しました。私の師匠は阪神淡路大震災のときから被災地支援をしてきた方ですが、「仮設住宅でカーシェアリングをしたらみんな助かるよ」というアドバイスをくれました。

現場に入って、それが必要だと痛感し、私はそれを引き受けることにしました。当時、大阪で暮らしていたのですが、企業をまわってクルマ集めをするところから始めました。

日本カーシェアリング協会」という名称は業界団体のようですが、小さな非営利組織です。古くなったクルマは下取りに出したり、廃車にしますが、それらを寄付してもらい利用するわけです。寄付する企業にとっては社会貢献活動になります。

私たちは持続可能な共助の社会づくりに向けて3つの事業を展開しています。1つは「コミュニティ・カーシェアリング」。被災地の仮設住宅や復興住宅で交通弱者を助ける仕事です。震災後、被災地の仮設住宅や復興住宅では若い人が自立してどんどん被災地を離れる一方、高齢者だけが取り残されました。

2030東北5-吉澤氏2

クルマの使い方のルールは利用者たちで決めてもらいました。そして、経費は使った割合で分担しました。現在、400名が利用していますが、利用者の平均年齢は75歳です。石巻以外のところでもこの取り組みが既に始まっており、これから広がろうとしてます。

2つめは「ソーシャル・カー・サポート」です。生活に困っている方にクルマを貸し出すサービスです。公共交通のない場所などに出かける際に、クルマを利用してもらいますNPOなど地域を元気にする仕事に携わっている方にも利用してもらいます。

3つめは「災害支援」です。クルマがないと被災者の再建が前に進まないということがあります。現地にクルマを集めて3か月、4か月とクルマを使ってもらいます。西日本豪雨の際は地元の自治体がクルマを集め、貸し出しました。地域連携で支援の幅は大きく広がりました。

今後、「コミュニティ・カーシェアリング」をもっと気軽に活用できるようにしたいと思っています。また、東日本大震災規模の災害が起きても対応できるように5年くらいかけて仕組みづくりを進めます。更に5年くらい先では、ICT(情報通信技術)や自動運転も進み、人と人がもっと支えあえる社会になっているはずです。

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吉澤 武彦さん(左)
兵庫県姫路市出身。大学卒業後は大阪の企業に勤めながら週末などに社会活動を開始。退社後に活動を本格化させ、さまざまなプロジェクトに取り組む。震災後、全国から寄付されたクルマを活用して支え合う地域をつくる日本カーシェアリング協会を設立し、宮城県石巻市で活動。2013年、日本全国にネットワークを持つ一般社団法人OPEN JAPAN(旧ボランティア支援ベース絆)の代表理事に就任。


その2 食べるを変える


漁業生産組合浜人/一般社団法人フィッシャーマンジャパン  代表 阿部勝太さん

漁業生産組合浜人/一般社団法人フィッシャーマンジャパン
代表 阿部勝太さん

私は石巻市で漁師をしています。3.11のときも海に出ていました。震災を機に漁業に対する危機感が増していきました。このままでは漁業は続かないという危機感から、2014年にフィッシャーマンジャパンを設立しました。

日本は漁師の数も漁獲高もずっと減り続けています。漁師の数はこの20年で半分くらいになりました。漁師が減るということは、魚介類の自給率も下がることを意味します。日本人の魚食の消費も下がっています。日本は世界一の漁業大国でしたが、順位をかなり落としています。震災後、復興に取り組んできましたが、東北のカキは震災前の6割にしか復活していません。このままではお先真っ暗です。

最近、漁師の親がわが子にいうのは、「勉強して役場の職員にでもなれ」ということです。ただ、私自身は水産業をずっと見て育ってきたので、なんとかこの豊かな海を生かしていきたいと思っています。

個人ではこうした問題に立ち向かうことは難しいので、漁師、市場の関係者、魚屋が集まりました。私たちは漁業・水産業を未来に残すというテーマで活動しています。

2030東北8-阿部氏2

いま2つのことをやらないといけないと思っています。1つは漁業に携わる人を増やしていくこと。若い人たちに水産業に興味を持ってもらい、漁師になってもらう取り組みを4年間やってきました。海が好きだとか、漁師に興味がある人を招いて、「漁師学校」を開きました。漁師になりたいという人がいたら、地元の漁師の弟子になるインターン事業も始めました。

もう1つは、海の環境や資源保護の活動です。そのため魚価向上のプロジェクトに取り組んでいます。これまでは大量に漁獲しないと生計が取れませんでしたが、それでは資源が枯渇します。魚の価値を上げていくことで、漁師が生計を立てていけるようにするのです。真鱈の例ですが、市場で300円だったものを1000円にすれば、1/3で生計が取れるわけです。あとは持続可能な漁業を目指すため、国際的な認証を取ろうという動きもあります。手始めに宮城県のカキで認証を取りました。次は養殖の銀鮭でも取ろうとしています。

産地ロスという言葉があります。形が悪くて流通に乗せられない野菜があるように、魚も訳ありのため産地で捨てられるものがあります。そうした魚介類をスーパーや飲食店と協力し、お金にしようという取り組みです。

漁師の所得も上がるし、資源の無駄も少なくなります。これからも未来に海の資源を残し、水産業を守る活動を続けます。

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阿部 勝太さん
1986年、宮城県石巻市に漁師の息子として生まれる。仙台や東京で会社員を経験後、故郷の同市北上町の十三浜に戻り、ワカメ漁師になる。震災後、壊滅的な被害を受けた漁業と地域の再生を目指し、5人で浜人(はまんと)を立ち上げ、東京の大手企業と組んだ商品開発やプロモーションなどを実施。また、三陸の若手漁師らと協力してフィッシャーマンジャパンを設立、代表に就任。漁業を「儲かる産業」へとイメージを変え、後継者を育成するプロジェクトなどを展開している。


その3 働くを変える


合同会社巻組 代表 渡邊享子さん(前列中央)

合同会社巻組 代表 渡邊享子さん(前列中央)

私たちがやっているのは主に空き家活用です。「出る杭、つくります」というミッションを掲げています。日本の社会は「出る杭は打たれる」イメージが強かったのですが、これからの社会にはむしろ「出る杭」こそ必要です。そういう人材も育てていきます。

大量生産・大量消費の社会で無価値となった廃屋を再活用するため、アート的に発想する人材の力を取り入れたり、社会的なマイノリティーのため家を借りられない人などに、新しい価値を提供していくことで、社会にイノベーションを起こしたいと思っています。

2011年の大震災が起きる前まで私が何をしていたかというと、東京で学生をし、就職活動をしていました。大震災の後、やることがたくさんありそうな石巻に来ました。

石巻には震災直後の2011年から2012年だけで、私のようなボランティアが人口14万人ほどの町に延べ28万人も来ました。当時、全壊の家屋が2万2千戸もあり、地元の人さえ住む家がありませんでした。もちろん、ボランティアで移住しようにも住む場所はありませんでした。志があるのに、家がないだけで帰してしまうのはもったいないと思いました。使えそうな家を改修してシェアハウスとして活用することから始めました。

巻組という会社は2015年に立ち上げました。5年間で30軒以上を改修しました。うち直営で運用している物件が11軒です。震災から9年になると、市内にも住宅が大量に建ちました。家が足りないといわれていたはずなのに、平成25年以降、6000戸以上の空き家が生まれています。

2030東北11ー渡邊氏2

最近では「空き家をもらってくれ」という話も頻繁に来ます。古いものや立地の悪い家は、ただでもらってほしいといわれます。家だけつくっても人口の流出を止めることはできません。住む人たちが幸せになる仕組みづくりこそが大切なのです。

最近ではボランティアの仕事に刺激を受けて、地元でも新しい試みを始める人が増えてきました。アーチスト、クリエーター、外国人も増えてきました。こういう人たちが集まると街に多様性が生まれます。この4年間で100名以上が弊社の物件を滞在し、300名くらいの人々にビジネスチャンスを提供しています。

シェアハウスや民泊の知恵を活用して有料老人ホームに入れない高齢者に家守りになってもらい、若者たちの生活を見守ってもらう「多世代共生型の住宅づくり」や廃屋の資材のクリエイティブリユースを通してこれまでサービスの受け手であった人材を巻き込んだライフスタイルづくりをしたいと思っています。

2030年を考えると、生産側と消費側を分けるのではなく、生産にも消費者が参加する仕組みづくりが必要だと思います。多様な個人のクリエーティビティを生かして、循環型の地域の共生圏をつくります。

2030東北12ー渡邊氏3

渡邊 享子さん
1987年埼玉県生まれ。大学院在学中に震災が発生。そのまま宮城県石巻市に移住し、中心市街地の再生に関わりつつ、被災した空き家を改修して若手の移住者に活動拠点を提供するプロジェクトをスタート。日本学術振興会特別研究員を経て、2015年に合同会社巻組を設立。地方の不動産の流動化を促す仕組みづくりに取り組む。2016年、COMICHI石巻の事業コーディネートを通して、日本都市計画学会計画設計賞受賞。2019年、日本政策投資銀行主催の「第7回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で「女性起業大賞」を受賞

※このシンポジウムは、3月1O日にオンラインで行われたものを本誌編集部が要約したもので、文責は当編集部にあります。

問い合わせ先:NPO法人 ETIC.(エティック)
みちのく復興事業パートナーズ運営事務局


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