公益財団法人旭硝子財団 2010ブループラネット賞受賞者

私たち自身、そして未来の世代のために出来ること

ジェームス・ハンセン博士(米国)、ロバート・ワトソン博士(英国)に聞く [Part 2]

環境と経済の発展は決して対立するものではない

Q. 一方で、気候変動を緩和するためのターゲットである二酸化炭素の排出削減については、今後の見通しを厳しく予想されています。
ワトソン:大気圏における温室効果ガスの水準は、エアロゾルの相殺効果を考慮すると、現在約385ppmCO2eq(ppm CO2eqは100万分の1の二酸化炭素当量)で、既に全地球的温度変化は産業革命以前よりも約0.75°C上昇しています。2000年から2100年にかけてさらに1.2~6.4°Cの上昇が予測されています。仮に400~450ppm CO2egで2℃高くなる可能性は50%、最悪650ppmCO2egに達すると4°C高くなる可能性が50%、6°C高くなる可能性が5%です。

私自身は、各国政府による二酸化炭素排出削減に向けた技術的な取り組みが不十分である現状を鑑みると、400ppmCO2eqさえ維持することは難しい、500ppmCO2eqにも迫る勢いであると、かなり厳しい見方をしています。

Q. 私たち一般の人間が政策の様々なオプションを考えるために、あえてハンセン博士との政策の違いがあるとすればお伺いできますか?
ワトソン:私とハンセン博士は気候変動の科学的側面、環境問題が人間の活動が主因となっていること、そして温室効果ガスを削減しなければ気候変動の変化を止めることができないこと、そして化石燃料の使用を止めて再生可能エネルギー、クリーンエネルギーを主体とする低炭素社会に移行しなければならない、これらの点で完全に意見が一致しています。さらには化石燃料の価格を他のクリーンエネルギーが競合できる価格としなければ、何も変わらないという点も完全に同意しています。

具体的な政策としてハンセン博士は政府のサポートにより、炭素に対する何らかの課税を主体に考えられています。この手法は、実際にどうやって実現するかという点が非常に大きなテーマとなります。私自身は同じターゲットに向けて、その他の手法も加えてマーケットメカニズムを変革していく方法をと考えています。

またハンセン博士は5-10年以内に化石燃料を完全にストップするという考えですが、私自身はインドや中国にはまだ低価格な化石燃料が存在するという仮定のもと、二酸化炭素の隔離貯蔵、CCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)に注目しています。CCS技術の発達によっては、石炭を当面は使っても良いという選択肢もあるかもしれません。
このように、いわば、私のほうが若干広い選択肢でこの問題を見ているかもしれません。

編集部注:二酸化炭素の回収・貯蔵(CCS:Carbon Capture and Storage)
大気中に放出、または放出する直前の二酸化炭素を集めて地中・水中などに封じ込める技術。英国を中心とする欧州では、CCSによって化石燃料発電の際の二酸化炭素の大気中濃度を削減(ある報告によれば90%近く)できることから、地球温暖化対策と化石燃料の継続利用による電力の安定供給の2つの観点でCCSを重要技術と位置付けている。2010年には中国でもCCSプロジェクトがスタートしている。

また私からも“二酸化炭素を排出する企業・団体等に何等かの社会的対価を課す”ことに関して、補足して申し上げたいのは、決して経済と環境は対立しないということです。

現在、人々は化石燃料の方が安いと考えていますが、しかし、そこには本来課せられるべきコストが含まれていません。化石燃料の使用により環境に大きな悪影響を及ぼすことは、例えばそこに働く従業員の健康を損ねる可能性(医療コスト)、食糧コストの上昇、環境保全そのものにかかる費用など、実際はさまざまな社会的費用を発生させています。将来の経済の安定成長のためには、こうしたコストをきちんと見える形にして、正しい経済メカニズムのもと(人々の健康を損ねるなどの致命的な負担を負うことなく)健全な形で社会が発展することが不可欠です。

Q. 近年、先進国と途上国間の価値観の相違から合意形成が非常に難しくなっています。ワトソン博士はIPCC(注)議長など、異なる価値観を持つ人々をまとめあげリーダーシップを発揮されてきたわけですが、そこでの信念とは?
ワトソン:各国の合意形成に向けて最も重要な基本は、“フェアで平等な立場で決めていく”姿勢を貫くことです。
最近のCOP10(生物多様性条約第10回締約会議)等のケースでも、全ての国が環境保全という同じ大きなターゲットに向かいつつも、発展途上国は開発を 継続し経済成長を止めずにやっていきたい、先進国においてはこれ以上の環境面での損失を増やしたくないというそれぞれ重きを置く点が違っているわけです。

その場合、重要であるのは、きちんと地球上における生物多様性に重要な影響を与える価値を科学的に洗い出し、全員が正確に生物多様性のグローバルな価値を認識することです。
そのうえで、生物多様性の保全を可能にする社会的、経済的メカニズムが何であるかということを見ていくべきであると思います。

科学者である私たちの仕事は、ある知識・知見に対して評価アセスメントを行うことです。IPCCでは、さまざまな領域の専門家が関わり、(例えば気候変動に対する様々な要因分析の見方を)一つの評価として意見をまとめ、社会に提示していきます。

一方で各国間が条約をまとめる時には、非常に政治的な意図がかかわってきます。その際には、我々が提示した知識・知見(科学的事実)に基づいて発展途上国および先進国にとって何が経済的に平等かという観点から議論されることが非常に重要となります。

われわれ科学者の役割は政策をつくることではありません。しかし、マス・メデイアを通じて将来に影響を与えるであろう科学的事実を一般の方に提示し、何ら かのアクションをとった場合と何もしなかった場合の将来の可能性を示唆する、人々が政策を選択する際の正しい知識を提供することが科学者の重要な役割だと 考えています。

◎Part 1:ジェームス・ハンセン博士(米国)インタビューはコチラ→
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