「突破力---女性と社会」

写真集『福島 土と生きる』で、“夜明けを待つ”福島の人々を追う

写真家 大石 芳野さんに聞く

日本が誇るフォトジャーナリスト、大石芳野さん。戦争や災害で心身に大きな傷を負った人々の内面にレンズを向けてきた。その大石さんが震災直後から1年8か月をかけて福島に生きる人々を追った。土と命を奪われた人々への愛おしさが伝わってくる一冊だ。シリーズ突破力では大石芳野さんの写真家魂に迫ってみた。

きりりとした目が印象的な大石芳野さん

福島の土とともに生きる人々

Q.4月3日から12日の10日間、コニカミノルタプラザで『福島 土と生きる』の写真展が開かれました。大勢の方が訪れていましたね

大石:同名の写真集が今年の1月に藤原書店から発刊されました。写真展はそれに合わせる形で開催されたものです。連日、大勢の方が訪れてくれました。

震災の直後から自分に何ができるか問いかけていました。体調を崩していた時期でもあり、すぐに現地に入ることはできませんでした。体調が戻った2011年5月から翌年12月にかけて毎月現地に入りました。月に2回入ったこともあります。今回の写真展は、写真集に収めた全230点の一部に過ぎません。

Q.大石さんの目に、福島の皆さんはどのように写りましたか。

大石:あんなにつらい目に遭いながら、他人である私に笑顔さえ見せることもありました。遠慮深い方が多いためか、決して饒舌ではなく、ポツリポツリと話す人がほとんどでした。ただ、一言ひとことがシンプルな言葉にもかかわらず、奥には深いものが沈殿していると感じました。なかには堰が切れたようにお話される方もいました。誰にもぶっつけることのできない、怒りが込み上げてきたのでしょうか。

Q.チェルノブイリにも入られていますね。

大石:ええ、1990年にチェルノブイリ(現ウクライナ)の原発事故跡地に行きました。チェルノブイリの原子力発電所で大事故が起きたのは1986年の4月。それから数年が経過していましたが、原発事故当日に生まれた少女にも出会いました。子供たちに甲状腺がん多いと知り、いまもあの子が元気に生きてくれればと思います。

チェルノブイリでの体験は、写真集『ソビエト遍歴』(NHK出版)や『悲しみのソビエト』(講談社)として発表しましたが、その経験があるためか私には福島が重なって見えます。人々でも重なりますし、国のやり方でも重なります。電力会社の対応というところでも……。

Q.写真集のあとがきに“棄民”という言葉が出てきますね。

大石:現地に2〜3回入ってから、この言葉が頭をよぎりました。福島第一原子力発電所から20km圏内、30km圏内には強制的に避難した方だけでなく、居住困難地域やスポット的に放射能が高いところがあり、自主的に避難した方も大勢います。その方たちの多くがいまもふるさとに帰れずにいます。“打ち捨てられた民”だと私には思えました。

『福島 土と生きる』の写真展会場(東京・新宿のコニカミノルタプラザ)

写真家を志したきっかけ

Q.女流カメラマンの草分けと言われ続けてきました。“女流”と言われることがお嫌いだとか?

大石:子供の頃、女性は仕事に就くより家庭に入るものだと、ずっと決めつけられてきました。写真をやりたいと言ったら、両親から猛反対されました。でも母方の祖母が助け船を出してくれました。「いいじゃないの。嫁になって苦労するより、好きな道に一生懸命に打ち込んでいる。とても感心したよ」という一言で、どうにか許してもらえました。

ただ、いきなりフリーの写真家になりましたが、どこの組織にも属さず、苦労があったことは事実です。私が大学を出て、写真家の道に進んだ頃は、女性の写真家はほとんどいません。写真は男が撮るもので、女性は撮られるものという偏見が社会全体にありました。

私を紹介する記事などには必ず「女流カメラマン」と“女流”が付いてきました。なぜ抗議しないのかと、著名なデザイナーに言われたこともあります。

Q.ベトナムでの体験が大石さんを逞しくしたという方もいますが?

大石:学生時代はベトナム戦争が真っ盛りの頃でした。戦時下の南ベトナム(当時)を訪れて学生同士が交流するという計画がありました。政治運動に無関係な私がそれに応募をしたのがベトナムとの出会いのきっかけです。

従軍記者ではありませんから、弾が飛んでくる場所には行ったりしませんが、それでも戦争の残酷さは目にします。子供、女性、お年寄り、おなかの赤ちゃんまでが巻き込まれ、命を失っていくわけですから…。

ベトナムの学生に「何か私に手伝えることは?」と聞くと、「気持ちはうれしいけど、ベトナムのことはベトナム人に任せてください」という答えでした。

写真家を志す私にできることは「伝える」ことなんじゃないかと。あの一言によって自分の進むべき道が定まった気がします。

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