識者に聞く

フェアトレードは遠い海外ではなく、今の日本を考えることにつながる

NGO法人シャプラニール 菅原伸忠さんに聞く

前回は、都内で㈱budoriが夏休み期間中に開催する「こどもにつたえるフェアトレード2013」イベントをレポートしました。“フェアトレードとは何か?上級編”として、イベントで講師も務めるNGO法人シャプラニール 菅原伸忠さんにフェアトレードを取り巻く環境変化と課題、そして改めて私たち日本人が海外の問題に目を向ける意義を伺いました。

●フェアトレードの大切さをこどもたちと一緒に!
「こどもにつたえるフェアトレード2013」レポートはコチラ
http://csr-magazine.com/2013/08/12/budori-fairtrade2013/

NGO法人シャプラニール 菅原伸忠さん (写真提供:㈱ブドリ)

日本でフェアトレードが始まったのは1970年代

Q.まだまだ日本ではフェアトレード(公正取引/Fair Trade)を知らない方が多いのですが、シャプラニールはおそらく日本で最初にフェアトレードに取り組まれた団体だそうですね?

菅原:シャプラニールは、南アジアを中心に途上国の支援活動を行っており、インド、バングラデシュ、ネパールに拠点があります。1974年からバングラデシュの手工芸品の生産と販売活動を開始し、2003年からはシャプラニールのフェアトレード活動を「作る人」と「使う人」がつながる「クラフトリンク」と名付け、バングラデシュのほか、ネパールの手工芸品を中心に扱っています。

私は2008年にシャプラニールに転職し、フェアトレード部門の現地のパートナー団体とのやり取りや日本からのスタディツアーの受け入れ、100%ナチュラル素材の石けんプロジェクト「She with Shaplaneer」やバングラデシュのカンタ刺繍などの繊維製品の品質管理を行ってきました。

バングラデシュは他のイスラム諸国と比して比較的ゆるやかとは言え男女差別は厳しく、シャプラニールの調査では、子どもの約20人に1人が家事使用人などとして児童労働をさせられています。特に女の子は教育を受ける機会さえ与えられません。イベントでもお話しましたが、女の子は14歳ぐらいで親に早婚させられることが未だにあります。結婚時に女性から男性の家に持参金を払う風習があり、若い女の子は持参金が安くすむ、そのため貧しい家では余計に幼い娘を早く結婚させようとします。

女性が働く場所はありませんでしたが、一方で彼女たちは古くから伝わる刺繍の手技の基本を身につけていました。シャプラニールをはじめとしたNGO/NPOが推進役となり、彼女たちの手工芸品をフェアトレード製品として先進国で継続的に販売する、結果として彼女たちは収入を得て子どもたちを学校に通わせることにもつながります。

シャプラニールの場合、現地の女性を取りまとめるパートナー団体に、生産者女性たちの雇用、トレーニング、給料の管理をお願いしており、そのパートナー団体は現在シャプラニールを含む複数のNGO/NPO等とフェアトレードを行っています。これがバングラデシュにおける一般的なフェアトレードの仕組みです。

シャプラニール「クラフトリンク」の仕組み(資料:シャプラニール)

<参考>

●シャプラニールのフェアトレード「クラフトリンク」
http://www.shaplaneer.org/craftlink/index.php

●バングラデシュの隠れた児童労働
http://www.shaplaneer.org/monthly/index.html

●「自分の仕事をなくしていくこと」菅原伸忠x有村正一
http://www.budori.co.jp/magazine/tanoshigotalk_sugahara

[コラム]バングラデシュとは?

インドの東側に位置し、国土は日本の2/3、人口は約1億5千万人で、世界で7番目に多い。イスラム教徒が多く、公用語はベンガル語。「バングラデシュ」は≪ベンガル人の国≫の意味。かつて「黄金のベンガル」と讃えられた国土は、ガンジス河などのデルタ地帯で、肥沃で水にも恵まれている。18世紀末にイギリスの東インド会社によって植民地とされ、17世紀末には綿織物やコメでアジア最大のヨーロッパ向け輸出地域と呼ばれた。その後、国際紛争に加え、洪水や干ばつもあり、森林破壊、土壌劣化、浸食などの被害が広がり、現在は国民の4割が失業中という統計もある。


ソーシャルビジネスがフェアトレード業界を変える

Q.途上国の生産物を先進国で販売する、それだけ見ると普通の貿易活動と同じようにも見えますが、フェアトレードでは「生産者から不当な搾取をしない」「労働環境への配慮」等が大前提です。根底には、収益ありきではなくチャリテイ(慈善)という意識があった、しかし近年フェアトレードを取り巻く環境が変わりつつあると伺いました。

菅原:2009~2010年ぐらいから、いわゆるソーシャルビジネスという概念が生まれたことで、フェアトレード業界を取り巻く外部環境は大きく変化しています。ソーシャルビジネスも人によってさまざまなとらえ方があり、一概に定義しにくいですが、つまりは“チャリテイではなく、収益をきちんとあげて事業として成り立たせながら、社会の課題を解決していこう”という考え方だと思います。

(1970年代にビジネスでフェアトレードに取り組む企業は皆無でしたが)今はスターバックスコーヒーがフェアトレード認証コーヒーを提供するなど、企業がCSRの一環として本業でフェアトレードにかかわるようになりました。そうなると、NGO/NPOが取り組むフェアトレードと企業のビジネスとの違いは何なのか?という疑問が出てきます。そこで一つ大きな課題となるのが、“クオリテイ”です。

Q.フェアトレード認証商品というと全部同じにイメージしますが、食品と手芸品、原材料に近いものと加工品とでは現地の皆さんのかかわり方に大きな違いがありますよね。

菅原:最近はお店でチョコレートやコーヒーなどのフェアトレード製品を見かけますよね。チョコレートメーカーが販売する場合は、フェアトレード認証製品として原料を買い取って自社で製品加工して消費者に届けます。加工過程では従来の自社のノウハウで生産管理ができるわけですね。

一方で、シャプラニールの「クラフトリンク」など手工芸品の場合、原料を提供するのではなく、現地の女性が刺繍したもの、つまり現地での加工した最終製品として消費者に提供します。あくまでも普通の製品として考えれば、刺繍のレベルが、一般の消費者にとって“付加価値が高いか低いか”、買う価値があるかどうかに直接つながります。つまり、ビジネスとして成立するためには、“クオリテイの確保”が絶対条件です。

しかし、(もともと手に職がない女性たちに働く場を提供することが主目的ですから)フェアトレードの現場では女性の技術レベルが必ずしも一定ではなく、そもそも日本の消費者の繊細かつ細かい色や刺繍のニーズに応えることは非常に難しい。もっと基本的なことを言えば、縫製業では検針器で最終チェックするのが生産管理の基本ですが、多くのパートナー団体には高額な検針器はもちろんインフラ整備のお金などありません。もちろん安全管理に気をつけていますが、加工品自体が素朴なもので人間が手で作っています、工場で大量生産する際に行う生産管理が必ずしも必要ではなく、また不可能です。

バングラデシュの女性による精巧な伝統刺しゅう「ノクシカタ」

ベンガル語で「ノクシ」はデザイン、「カタ」は布。使い古したサリーなどの布を布団カバーや肌がけにして再利用するというリサイクルの発想から伝統的な刺繍の技術は母から娘に受け継がれた。

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