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チャンス・フォー・チルドレンが『被災地・子ども教育白書』を発刊
被災地の子どもの貧困や教育格差の実態をまとめた『東日本大震災被災地・子ども教育白書』が公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンによって発刊された。この白書の発刊を記念したイベントが11月30日に都内で開催された。当日の模様をレポートしたい。
白書の概要について
チャンス・フォー・チルドレン代表理事 今井 悠介さんからの報告
被災地の子に教育を受ける機会を
東日本大震災による経済的なダメージで、被災地の子どもの多くが塾や習い事を辞めざるを得ない状況に陥りました。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンは、震災後の2011年6月から仙台市に事務所を構え、被災した子どもへの支援活動を開始、寄付金を原資に経済的困難を抱える子どもに、教育サービスで利用できるバウチャー(教育クーポン)の支援を行ってきました。
実は被災地で初めてバウチャーの応募者を募ったところ、150人の定員に対して1,700人の申し込みがありました。また、今年の5月に応募者を募ったところ1,000人を超える申し込みがありました。つまり、私たちはこの4年半の間に被災家庭の子どもたち6,000人以上にバウチャーの落選通知を送らざるを得なかったのです。
今回の白書は、被災地の子どもの声を代弁し、今後の被災地支援のヒントになればと発行されたものです。意味のある支援を行うには、彼らのことをもっと知る必要があるからです。調査結果をダイジェストすると以下のようになります。
教育を未来の突破口に
ポイント1:震災後に貧困に陥った子どもは、震災前から貧困であった世帯の子どもよりも学習時間が長く、大学進学を希望する割合が高かった
ポイント2:震災後に親の非正規労働・無職の割合や世帯所得250万円未満の世帯の割合が増加した
被災地では震災による経済的なダメージから十分に回復できていない家庭が多く存在することが分かりました。
ポイント3:貧困世帯の子どもほど学習時間が短く、塾や習い事等の学校外教育を利用していない傾向があった
被災地の保護者に対して、子どもが学校外教育を利用していない理由をたずねたところ、「経済的な理由」と回答した割合が最も高かいことが分かりました。
ポイント4:被災地の子どもは全国よりも理想的な進路と現実的な進路の差が大きかった
「現実的にはどの学校まで行くことになると思うか」という設問に対して、「大学以上」と回答する割合が被災地の方が全国よりも低い傾向が見られました。
ポイント5:低所得世帯の子どもほど、不登校経験がある割合、安心できる居場所がない割合、自殺願望を持った経験がある割合等が高かった
家庭の経済状況は子どもの学習以外の状態にまで影響を及ぼしている可能性が示唆されています。
この白書は被災地の子どもの将来を考える上でのヒントに過ぎません。このヒントを元に新しい仮説を立てて、意味のある支援を今後も実現したいと考えています。
パネルディスカッション
白書のデータを被災地の復興支援にどのように活かすか
・田村 太郎 (復興庁参与/一般財団法人ダイバーシティ研究所代表理事)
・髙橋 聡美 (防衛医科大学校医学教育部教授)
・津久井 進 (弁護士/芦屋西宮市民法律事務所代表社員)
・能島 裕介 (特定非営利活動法人ブレーンヒューマニティー理事長)
・今井 悠介 (公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事)
司会:震災によってさまざまな問題が現れています。津久井先生はそれを“社会課題の現出化”というキーワードで述べていますね。
津久井:どんなものも裏から光を当てると影が映ります。大災害では影の部分、弱いところが一気に現れます。高度経済成長期ならそうした影の部分も吸収して一過性のものにしますが、阪神・淡路では経済が下降線をたどり、東日本大震災では過疎や高齢化という地域が抱えていた問題が一気に噴き出しています。
災害で生活保護世帯がどのように増えるかを調べると、平成7年以降、全国では7%から9%、10%とゆるやかに増えているのに対して、神戸では14%から20%、25%と増えました。今回の白書を見ると「子どもの貧困」がクローズアップされています。
司会:田村さんは復興庁の仕事もなさっているわけですが、社会課題とどのように向きあうべきとお考えですか。
田村:阪神・淡路の経験でいまの仕事に就いています。被災地支援は、感情的・情緒的な動きに流されがちです。例えれば「子どものサッカーのような状況」です。ボールのあるところに子どもが集まり、全体が見えなくなっているのです。
最近は「データに基づいて復興支援をしっかりやろう」と話しています。今回の白書に出ている話はどれも納得感のある話ですが、驚きがありません。震災で塾に行けなくなった子の方が、大学進学を希望する割合が高く、モチベーションも高いというのは当然です。データで確認したところに意味があります。
阪神・淡路と東日本大震災を比較して、東北だから深刻だという話もあります。そこも冷静に見ないといけません。被災3県の中で福島だけが遅れているという議論はありますが、ハードの整備や人口の戻りの部分で遅れている部分はありますが、復興のプロセスで見ればそれほど大きな差はありません。
司会:高橋先生の体験とともに白書を読まれた感想もお聞かせください。
髙橋:私は震災前から仙台で親御さんを亡くした遺児の心のケアをやってきました。東日本大震災の後、被災者のサポートもするようになりました。
チャンス・フォー・チルドレンとは、震災後に教育クーポンを配りたいという相談を受けました。当初はそういう感覚が通用するのかと思いましたが、バウチャーという仕組みが地域の回復に役立ったと感謝しています。
私自身は大学の教官ですから、今回の白書のデータを丸呑みできるものだとは思っていません。このデータはバウチャーを申し込んできた子どもや親御さんのもので、学習意欲が高くて当たり前です。
白書の中に、「学校に行かなかった時期があった」「居場所がないと思った」「死にたいと思った」というデータもありますが、想像してみてください。700万円の収入があった家庭が100万円しか収入がなくなったら、死にたくなるのは当たり前です。ただ、お金がないことイコールみすぼらしい気持ちや恵まれないということではありません。
個々のケースを一つひとつ丁寧に見ていく必要があります。現地では震災の遺児以外にも困っている人はたくさんいます。
司会:能島さんも阪神・淡路と東日本の両方で活動してきましたね。
能島:私自身、20年前の阪神・淡路で被災しました。大学生でしたけれども被災した子どもの支援活動を始めました。チャンス・フォー・チルドレンは私たちのNPOが始めた活動のひとつで、公益社団法人として独立しました。
災害によって貧困に陥ったり、大きなストレスを抱えた子どもたちも、早い段階から子どもに対する支援策が届けられことで元気になります。回復力をいかに引き出すかなのです。今回の白書を読み、自分自身の活動の経験を振り返りながら、その役割を再確認したところです。
私自身、いまも関西で経済的に厳しい子どもへの支援を行っています。今回の白書から得られるヒントは、全国で子どもの貧困問題に取り組む人たちに活かせるはずです。
司会:高橋先生は子どもの支援おいてソーシャルサポート、メンタルサポート、学習支援を連動させる必要性があると述べていますね。
髙橋:子どもの貧困対策の中で、「学習支援」は見えやすく、分かりやすいものです。ただ、評価はとても難しいと思います。私が関わっている子どもたちの中には、家庭そのものが学習する環境になっていない子をしばしば目にします。そこには家庭内暴力、親のアルコール依存症、夫婦の不和や離婚の危機があります。
家庭の環境が安定していない子にクーポンをあげるから塾に行きなさいと言っても難しいのです。そうしたケースでは、ソーシャルサポートやメンタルサポートが優先されなければなりません。
司会:今井さんには、これからやりたいことについて聞いてみたいのですが。
今井:チャンス・フォー・チルドレンは教育支援を中心に行ってきました。経済的な環境以外の条件が比較的整っている子どもたちへの支援です。ただ、子どもの貧困問題を解決するには、貧困そのものの連鎖を断ち切る必要があります。その意味で現状の活動は予防的な域に留まっています。
生活環境が厳しい子は、震災前からさまざまな課題を抱え、震災後はさらに厳しい状況に追い込まれています。
親も子も学習意欲の高い家庭は、バウチャーの応募にも積極的に参加しますが、そうでない家庭にはこちらから手を差し伸べる必要があります。現状は彼らを見つけ出して接触することも難しいという課題があります。
田村:チャンス・フォー・チルドレンは、自分たちをトリアージ(対象者の優先順位を決めて選別する)と位置づけています。助けたらなんとかなる子をターゲットにしています。今後は複線的なキャリアイメージをもたないといけないと思います。塾に通って大学に入ることだけが幸せにつながるかどうかは分かりません。そういう進路を描いていた子が、道を見失ったときにも手を差し伸べることも必要です。
最近では大学進学の意味合いも少し違ってきています。岩手のある県立高校ですが、地元に残るのは1/3、県内の就職や専門学校も含めて1/3、県外に出る子が1/3という状況ですが、大学に行くのは1ケタ台です。東京や大阪から大学生がボランティアに来たこともあり、それが刺激となり、進路の選択肢は広がっていますが…。
震災後、支援就職というのがありました。私が知る高校では東京からたくさんの求人があり就職しましたが、半年ほどで半分近くが地元に戻ってきました。東京で親切にしてもらったが違和感があったようです。
司会:新しい課題ですね。
津久井:“震災バネ”という言葉があります。震災を機に前向きに生き、自分の価値を発見することです。田村さんの話は、東京に就職してチヤハヤされたけれどもそれが本当の自分の価値なのかどうか疑問に思ったという部分もあるのではないでしょうか。
ほったらかしにして“震災バネ”が生まれるわけではありません。そこにはヒト・モノ・カネが必要です。団体とのつながり、一緒の体験をした人々とのつながり、家族とのつながりもあるでしょう。
立ち直るにはモノという最低限の基盤も必要です。カネでいえば今回の教育クーポンのような支援も必要です。それを自分のものとして活かし、新しい気づきを得られるかどうかが大切です。
能島:阪神・淡路は都市部の災害という側面もあり、支援団体も無数にありました。東日本大震災は広域であることに加え、過疎地も含まれており、十分に手が回っていません。
ただ、私自身の経験でいえば、活動の中から生まれ団体もあります。新しい課題が登場すると被災地からも新しい動きが生まれます。問題はそれを支える担い手をいかに育てるかだと思います。
バウチャーという仕組みには、被災地の担い手を育てる側面もあります。
司会:チャンス・フォー・チルドレンはいまあるリソースをどのようにして活用しようと考えていますか。
今井:私たちが2011年に初めて支援した子どもたちが今年バウチャーを利用する子どもたちのサポートを始めています。担い手として成長していけば、支援の連鎖が生れます。
地域で活動するさまざまな団体に対して私たちの仕組みを使った中間支援も行っていきたいと考えています。不登校の子どもを支援する団体との連携なども模索しています。今回、白書をつくった目的のひとつでもあるのですが、さまざまな団体と連携をしていくことが大切です。(2015年12月)
※パネルディスカッションの司会は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 副主任研究員である水谷 衣里さんが務めました。
お問い合わせ:公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン
東京事務局 東京都江東区亀戸 6-54-5 2F
E-mail:east@cfc.or.jp
URL:http://cfc.or.jp/
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