企業とNGO/NPO

リーダーの心得学ぶ

アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー2016

NPOやNGOなどの次世代リーダー育成と地域や活動分野を超えた協働推進を目的とした「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」が今年も開催された。8 回目となる今年の研修生32 名を加えると、そのネットワークは全国224 名に拡大した。
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社会課題の解決法を実践的に学ぶ

「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」は、公益社団法人日本フィランソロピー協会(東京都千代田区/会長:浅野史郎、理事長:高橋陽子)とアメリカン・エキスプレス財団(米国ニューヨーク市)が連携し、2009年から開催し、今年で8回目を数えます。

2泊3日の研修カリキュラムは、社会における課題解決に大きな役割を果たすNPOやNGOなどの次世代リーダー育成などが目的で、イノベーション研究の第一人者である米倉誠一郎一橋大学教授によって設計されました。

32 名の研修生は、公募および中間支援組織等からの推薦を経て選考され、リーダーシップのあり方やビジネス・スキルを学ぶほか、5 つのグループに分かれて、「社会的課題解決のためのプロジェクトを作成せよ」という課題に取り組みます。最終日には、審査員の前で各グループが発表プレゼンテーションを行うという実践的なものです。

本誌は、主催団体の協力を得て、今年の研修カリキュラムで注目された慶應義塾大学田村次朗先生の「交渉学」の講義と卒業生3名によるセッションの模様を取材しました。


「交渉学」を学ぶ

田村次朗先生は、主要な交渉の最前線で活躍された方で、交渉学の権威であるハーバード大学ロジャー・フィッシャー教授から「交渉学」を学んだあと、実務の現場等の経験を経て、現在は慶應義塾大学で学生たちに「交渉学」の講義を行っています。私たち日本人は交渉下手といわれますが、次世代リーダーにはさまざま課題解決に向けた交渉力は欠かせないものとなっています。

先生のお話は、普段は1日とか最低でも3時間かかるという内容の濃いものですが、今回は約2時間のお話の要点だけお伝えします。先生の著書『ハーバード×慶應流 交渉学入門(中公新書ラクレ)』『16歳からの交渉力(実務教育出版)』などは比較的分かりやすく書かれており、機会があればぜひ読んでほしい図書といえます。


“WIN- WINの合意”に至る交渉とは

慶應義塾大学法学部教授 田村 次朗

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二分法の罠

われわれ日本人が陥りやすいのは、相手の提案を受け入れるか、拒否するかの二分法でとらえがちになること……つまり2つに1つという論理展開です。これでは選択肢の幅を狭めてしまうことになりかねません。「YESかNOか」「白か黒か」といった二分法の罠に乗ってはいけないのです。

交渉ごとはまとめなければならないと思いがちですが、要求に応じなければならないというルールはありません。相手の要求に対しては納得いくまで質問をすることが重要です。まず聞き上手になるということです。

事前準備の方法論

交渉は準備次第で大きく変わります。むしろ準備がなければ成果は望めません。ただし、労力と時間を掛ければよいというものでもありません。効率的かつ効果的なポイントが次の5つ事前準備です。

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事前準備5つのステップ

➀状況を把握する

「敵を知り、己を知れば、百戦するも危うからず」という孫子の言葉があるように、自分の状況を把握し、相手の準備を予測することが大切です。

➁究極のミッション、交渉のゴールを考える

この交渉で何が期待され、何を得なければならないのかというミッションを考えることが大切です。合意をすればどんな譲歩をしても許されるのか、しっかり把握する必要があります。

➂目標の設定(ターゲットを定める)

ミッションがはっきりしていれば、目標の設定も明らかになります。それを具体的な数値や条件に置き換えてみるのです。ただし、安易に「落としどころ」を探ると相手の思うつぼにはまるケースは少なくありません。

➃創造的な選択肢

ミッションは「究極の目的」、ターゲットは「直接の目標」です。最高目標に近い合意で相手を納得させるには、いろいろなアイデアが必要となります。創造的な選択肢とは、双方が納得し、満足できる合意です。それには相手の立場に立って考えることが必要です。

➄BATNA(バトナ: 合意できなかったらどうするかを考える)

BATNA ( Best Alternative To a Negotiated Agreementの略) は、「合意できなかった場合に備える最善の代替案」です。たとえば、あなたが330万円の新車を300万円で購入したいと思ったらどうしますか。ディーラーが値引きを渋った場合に備えて、別のディーラーから取りつけた340万円のクルマを300万円まで値引きするという約束を提示するくらいのことはしないといけません。それがBATNAです。

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BATNAを強化せよ

自分が考えたBATNAが相手からは弱いと感じられる場合があります。その場合、交渉前に必ずBATNAを強化しなければなりません。BATNAという言葉は近年になってしばしば使われるようになりましたが、外交交渉などでは古くから使われてきました。

三方よし

CSR(企業の社会貢献)の世界では、近江商人の商売上の哲学である「三方よし」という言葉がよく使われます。近江商人は「売り手」「買い手」「世間」のすべてを満足させてこそ一人前と認められました。実はこの精神は、交渉における懸命な合意(WIN- WINの合意)を先取りしています。私の恩師であるロジャー・フィッシャー教授の著書『新版 ハーバード流交渉術』でも同様の考えとして取り上げられています。

交渉の現場での成功確率を向上させる方法論

2つの基本原則

➀人と問題の分離

実際の交渉では、感情的になったり、不快な思いをすることも少なくありません。感情的なやり取りばかりだと交渉決裂なんてことにもなりかねません。そこでクールダウンが必要になります。視点を変えて交渉をやるのです。相手の視点に立って問題を考えるのもよいでしょう。

➁立場から利害へ

二分法の罠にはまりやすいのは、お互いの立場があるからです。「売り手と買い手」「親と子」「監督と選手」という立場で考えると譲り合う余地が少なくなります。そこで利害や利益に着目し、物事を判断し直すのです。それは1つではないので二分法から離れられます。複数ある利害や利益を調整する視点を持てれば、交渉による問題解決に大きく近づけるのです。

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※なお、本講義では田村次朗先生から隣り合う2人に、異なるロールによる目標設定が与えられ、それをもとに2人の間で15分程度の交渉が行われました。交渉能力はこのようなアクティブラーニングをとおして、経験を積み、磨きを掛けていくことが重要なのです。


先輩たち大いに語る

2009年から始まった「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」。すでに192名の卒業生が全国各地で活躍しています。

今年のアカデミーでは、卒業生たちのトークセッションという形で、研修が日々の活動の中でどのように生かされているかを報告してもらいました。トークセッションの司会は研修カリキュラムの監修を行った米倉誠一郎一橋大学教授が務めました。発言者のみなさんのコメントを以下に要約しました。

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1期生 佐野 未来(さの・みく)さん

有限会社ビッグイシュー日本 東京事務所長
(研修参加時の所属は特定非営利活動法人ビッグイシュー基金)

ビッグイシュー基金は、ホームレスの人の仕事をつくる有限会社ビッグイシュー日本を母体に設立された非営利団体。自立応援プログラム、ホームレス問題解決のネットワークづくりや政策提案などを行っている。

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普段気をつけていることは、視点を高く持つということ。個人でも団体でも一人ができることに限りがあるし、自分の組織だけでなく、もっと大きな視点で社会全体を見るよう心がけています。それはこの研修で学んだことの一つですね。

私がリーダーシップ・アカデミーの研修を受けたのは2008年のリーマンショックの翌年です。あの頃20〜30代の路上生活者が増えました。それまで主だった年配の人たちはそれなりに生活力もありましたが、若い人たちには、長時間路上に立って雑誌『ビッグイシュー』を販売するのも困難という方が多く見られました。

なぜ彼らがホームレスになるのかを聞き取りした後、支援の形を模索するため、同期で若者支援分野の人にいろいろと相談し、支援方策検討委員会への参加もお願いしました。アカデミーでの出会いのお蔭です。

障がいがあり、あるいは児童養護施設出身で家族の支えがない、住まいを得にくいといった方を支援する団体との連携も進めています。関東圏で100団体ほどのプログラムを冊子にまとめたときは同期生の協力も得ました。ここで出会った仲間は宝物ですね。

4期生 藤田 順子(ふじた・じゅんこ)さん

認定NPO法人フローレンス 赤ちゃん縁組事業部マネージャー

自らを社会問題解決集団と称するフローレンスは、「病児保育」「 障害児保育」「小規模保育」「赤ちゃん縁組」などに取り組む。藤田さんは事業の資金調達や、最近では「赤ちゃん縁組」の中心メンバーとして活躍する。

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私がフローレンスに参加した4年前、組織は拡大期に差し掛かるときでした。震災の後、東京以外の拠点での活動も始めたタイミングで、多くのメンバーと力を合わせて事業を進める立場になりました。

リーダーシップ・アカデミーでは出会ったばかりのチームメンバーのみなさんと一緒に何かを達成していくという体験ができ、とても良い機会になりました。専門領域での視点やアイデアを持ち寄って、いろいろな人と連携して問題を解決していくことを学びました。

直近では、この4月から「赤ちゃん縁組」事業のマネジメントに携わります。日本では年間50人ほどの子どもが虐待死で亡くなっています。そのうち半数がゼロ歳児です。背景には望まない妊娠で生まれてきた子どもが犠牲になっている現実があります。

そういった赤ちゃんを一人でも救うため、特別養子縁組という制度を使って新しい親に赤ちゃんを託すという取り組みです。アカデミーで学んだことを思い出しつつ、社内のチームメンバーだけでなく、この問題に関わるさまざまな立場の方たちと協働して赤ちゃん縁組を日本で拡げていきます。

5期生 吉山 昌(よしやま・まさる)さん

認定NPO法人難民支援協会ディレクター・事務局長

日本に逃れてきた難民の難民認定に関わる支援、衣食住の確保などの生活支援、自立に向けた定住支援などを行う。世界約60カ国からの難民に対し、年間2,000件以上の相談に乗る。4月にニューヨークで開催される「American Express Leadership Academy Global Alumni Summit 2016」に、日本の研修生代表として参加する予定。

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難民問題に総合的に取り組む団体はわが国では限られています。私たちの団体では、弁護士との協働や生活支援、就労の支援など、さまざまな支援を行っています。

その結果、私たちの組織は現在25人くらいになっているのですが、これくらいの規模でもさまざまな組織の課題が出てきます。きちんと運営をしないと円滑に動きません。リーダーシップ・アカデミーで学んだリーダ―のあり方を事あるごとに思い出しています。

ご存知のように難民問題はいまホットなテーマです。日々、いろいろな課題が登場する中で、自分も腹をくくらないといけないと思う場面にひんぱんに遭遇します。

リーダーシップ・アカデミーの仲間は全国にいます。私は関西出身ですが、大阪に出かける機会があると、アカデミーの参加者だけでなく、他の団体の人も集めて交流会を企画してくれます。地域特有の課題もあったりして、勉強になります。

社会的事業に取り組んでいる有志と2年ほど前から勉強会を始めています。組織の仕組みはどうあるべきか、それをどのように運営するか、といった悩みを出し合いながら、話し合っています。最近その場を広げたのですが、リーダーシップ・アカデミーの仲間にも協力してもらっています。全国に仲間がいるというのはとても心強いと思っています。
(2016年4月)

●お問い合わせ先

●アメリカン・エキスプレス・インターナショナル (社会貢献サイト)
http://www.americanexpress.com/japan/legal/company/philanthropy.shtml
●公益社団法人日本フィランソロピー協会
http://www.philanthropy.or.jp/


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