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オリンピックを社会課題解決のきっかけに為末大さんと「スポーツ×社会課題」を考える

「未来予測から、未来意志へ。」をコンセプトに、NPO法人ETIC.が将来に向けた100の課題を集めるイベントを開催した。発言者の一人である元世界陸上のメダリスト為末大さんから、「スポーツ×社会課題」を軸にした提言も行われた。東京オリンピック/パラリンピックが開催される2020年が、スポーツそして日本社会にとってどのような意味を持つのか、為末さんの考えを聞いてみた。

[2017年9月11日公開記事]
為末さん1

2020年は世界から注目を集めるまたとない機会

司会(NPO法人ETIC.代表理事 宮城治男さん) : 東京オリンピックが近付いています。この機会をいかにして未来につなげていくのか、為末さんの考えを聞き、2020年に向けて考えるきっかけになればと思っています。

為末: 私は可能性を追求するタイプの人間です。私が2020年に向けて思うことを述べる前にすでにいろいろな立場の方からいろいろなコメントが寄せられています。例えば、「2020年で日本は終わりではないので、その先の2021年以降を考えるべきではないか」という声もあります。

「オリンピックばかりが注目されているが、本当はパラリンピックの方が重要なのではないか」という声もあります。「LGBTとかダイバシティ―の考えを広めるべきではないか」とか、「アスリートファーストと言われているが、アスリートは中心にいないのではないか」という厳しい声もあります。

司会: スポーツあるいはオリンピックと、社会課題の関係性について少し整理しないといけませんね。

為末: きょうはシンプルに2つの観点で考えてみます。1つはアスリートおよびスポーツ、そしてオリンピックに何ができるかという点。アスリート自身にできることはありますが、スポーツ界となると偉い人も沢山いるのでやりにくくなります。オリンピックとなるともっと難しくなるかもしれません。(笑い)

もう1つは、アスリートおよびスポーツ、オリンピックで何ができるかという観点。こちらの方がみなさんの興味に近いのではないでしょうか。たとえばLGBTの方のメッセージを世の中に伝えるときに、アスリートおよびスポーツ、オリンピックの場を使って何ができるかという話です。

ロンドンオリンピックでは、選手村の近くにLGBTの選手やスタッフが集まって交流できる場所がつくられました。東京でもこうした施設をつくり、LGBTを歓迎するというメッセージを発信しようという動きが生まれています。

スポーツやオリンピックを使ってやるというのは、不謹慎ではないかという声も世の中にあります。ただ、これはスポーツの方を向いて議論をするのか、社会の方を向いて議論するのか、の違いです。私自身は一向にかまわないと思っています。

ただし、時間が迫っている中でできることは限られています。

為末さん2


マインドセットを変えるために

司会: すでに為末さんが力を入れていることがいくつかありますね。

為末: 私個人はパラリンピックの方に少し軸足を置きつつあります。2021年以降、障がいを持つ人たちに寛容な社会になってくれればと考えているからです。

私個人の2020年に向けた目標は、「マインドセットを変える」という言葉に尽きます。世の中の意識を変えるために、いま義足の開発をしています。足の切断者は日本だけで7万人います。1足供給すると50万円かかります。ロボット義足だと300万円もします。1千万円クラスのものもあるのです。

実は義足だけが良くなっても解決されない問題がたくさんあります。例えば、車イスで生活している方を想像してみてください。車イスがどれだけ進化しても、きょうこの会場 (千代田区平河町)に車イスで来るのは大変です。この会場の途中に急坂がありますが、電動の車イスでもなければ登ってくるのは至難です。

電動にすると、車両の枠組みに入るので、今度はいろいろな法的な制約も入ります。また、電動車イスになると、利用者の運動量が急激に減るため、かえって筋肉が衰えるという問題もあります。

バリアフリーにすればよいじゃないかという議論もありますが、歴史的な建築物の多くはバリアフリーではありません。京都の清水寺をバリアフリーにできるか、エジプトのピラミッドはどうかといった課題があります。

バリアフリーにできない場所もあることが分かれば、次は義足そのものを変えるか、道や建物を変えるか、人々の意識を変えるかしかありません。

実はこの3つの中で一番簡単でインパクトがあるのは、人々の“意識を変える”ことです。車イスの方が困っていたら助ける人を増やせばよいという話なのですが、人間のマインドセットを変えるのは一番厄介で、難しいのです。


スポーツの中で人々の常識を覆す出来事を

司会: 人々の意識を変えるきっかけをスポーツの場で起こすということでしょうか。

NPO法人ETIC.代表理事 宮城治男さん

NPO法人ETIC.代表理事 宮城治男さん

為末: スポーツ外交という言葉がありますが、有名なのは卓球の世界で高まったピンポン外交です。きっかけは名古屋で行われた世界卓球大会に初めて参加した中国の選手がピンポン玉を追いかけて、柵の中に突っ込みそうになったときのこと、日本選手がそれをかばいました。

中国人の感情をやわらげて、それが日中国交正常化の1つの背景になったと言われています。スポーツの世界で起きた一瞬の出来事が、人々の意識までも変えたわけです。その後、わが国の卓球選手である、荻村伊智朗さんが第3代の国際卓球連盟の会長をされたりもしています。

荻村 伊智朗(おぎむら・いちろう)1932年6月25日に静岡生まれ。1994年12月4日没。全日本卓球男子シングルス優勝、世界卓球選手権優勝など輝かしい成績を残す。その後、指導者として国際的な卓球の普及に尽力。世界卓球殿堂入りを果たした。卓球指導者・競技者向け著作を多数執筆した。

私自身がいま仕掛けていることの1つは、パラリンピックでオリンピックのチャンピオンよりも速く走ることを目指す義足プロジェクト です。義足を履いた選手が世界一になる、ということを目指してきましたが、その夢の実現はもう間近に迫りつつあります。

「義足プロジェクト」の詳しいお話は以下のサイトから

http://xiborg.jp/2016/04/06/classification/
為末さん4


スポーツは社会課題のアピールの場でもある

司会: 人々の意識を変えるきっかけをスポーツの場で起こすというわけですね。為末さんのところには、企業などからも相談が持ち込まれているのではありませんか。

為末: 「うちのボスがオリンピックの権利を取ってきたが、それをどうやって活用したらよいのか分からない」といった相談がときおりあります。その企業が本来持っている価値観と、ぴったりする企画があれば、こうした権利を活用しない手はないと思います。

元選手の立場から選手の置かれている環境についてお話すると、選手にとって一番印象に残る場所は「選手村」です。アスリートの時間の9割は選手村で過ごします。

競技の時間は、せいぜい2%程度。あとは町に出ての観光の時間になりますが、実はアテネオリンピックでは一度しかアテネの町に出ませんでした。従って、どんな街かいまもよく分かりません。

選手村の中に何かを持ち込めると、世界のトップアスリートも注目してくれます。新しいムーブメントにつながる可能性は十分にあります。

かつて選手村でコンドームが配られたという話が話題に上りました。あの当時はHIV、つまりエイズが世界的な課題でした。 世の中に対して、訴えたいメッセージをうまく伝えるきっかけになりました。

大会中、選手が行く場所というのもある程度限られます。いま大会期間中に象徴的なモニュメントをつくろうという話がありますが、東京のどこかの場所にそれが置かれていると、選手たちも注目し、集まってきます。そういう場所で何かができれば、おそらく大きな注目を集めます。オリンピックの場が、社会課題のプレゼンの場になるのです。

2000年のシドニーオリンピックでは、あるベッドが話題になりました。「寝やすいマットがほしければこれをあげる」というオジさんが話題になりました。われわれもそのマットを選手村に持ち込んで使いました。これがその後有名になるエアウィーヴのマットレスです。浅田真央さんなど有名スポーツ選手がコマーシャルに出ています。

選手が競技に必要だと言えば、こんなものも持ち込めるんです。


「ONE ATHLETE, ONE ISSUE」というメッセージ

司会: 最近、為末さんは「ONE ATHLETE, ONE ISSUE」というメッセージを打ち出しています。反響はいかがですか。

為末: いま私は、すべてのアスリートがなんらかの形で社会課題にコミットできないかと考えています。子育て中のアスリートの共通認識は子どもが育てにくいということです。私にも相談がありました。

実際にアスリートが感じていることを外部に発信して、スポークスマンの役割をしてもらうことは選手にとっても大きな意義があります。1人のアスリートと1つの社会課題をうまく結びつけられれば、アスリートの声が外部に届き、広がります。

選手の社会的な地位を高めるだけでなく、特定の社会課題に取り組むことを宣言することで、自分の周辺で起きるさまざまな取材などの依頼から交通整理ができるというメリットも生まれます。もちろん、アスリート自身もさらに成長します。

※この提言は、NPO法人ETIC.の「2020アジェンダランチセッション」の模様を当編集部が要約したものです。当日の会合には、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会役員室特命担当部長の河村 裕美さんも参加されていました。

●NPO法人エティック(ETIC.)

http://www.etic.or.jp/

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