企業とNGO/NPO
社会起業家たちが得た“学び・気づき”
アメックスのサービス・アカデミーから今年で8年目を迎える「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」。これまでに300名以上もの社会起業家が参加し、サービスに特化した2泊3日の研修合宿が行われています。32名が参加した今年の東京会場から3人のサービス・アカデミー卒業生たちとNPO法人ETIC.代表宮城治男さんとの対話をとおして、サービス・アカデミーによる変化とその後の話を伺いました。[2018年7月4日(水)公開]
私の目を開かせてくれたサービス・アカデミーの研修
宮城:「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」は、今年で11期生を迎えることになりました。この研修では、参加者の多くがこれまで体験したこともないモヤモヤ感を体感します。そのモヤモヤと向き合うことで、乗り越えるべき自分と向き合うのです。
これから紹介する3人は皆さんの先輩にあたる人たちです。皆さんの中のモヤモヤ感に当てはめ、自分だったらどう考えるか、どんな道を選ぶか、当事者意識をもって聞いてください。
ブラインドサッカーをとおして
障がい者へのまなざしをマインドセットしたい
●松崎英吾(まつざき・えいご)さん
NPO法人日本ブラインドサッカー協会事務局長
1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。サービス・アカデミー1期生
松崎:障がい者は弱い者というのが世の中の常識です。ところが、ブラインドサッカーの動画を見ると、目が見えないのにそんなプレーやっちゃうのという場面が登場します。
通常、人間は目から80%の情報を得ています。目が見えなかったら、走るのは危険だとか、ましてサッカーなんかという偏見の下駄をはかされているのが現実です。
僕らは小学校で年間500回ほど、ブラインドサッカーの体験学習をやっています。そのときはゲラゲラ笑って見ましょうということを言っています。障がい者と出会うのにしかめっ面をする必要はありません。
視覚障がい者と体育館に入っていくと、初めは生徒の中にオドオドした感じがあります。先生もかわいそうな人たちだから優しく接するよう指導します。
全日本のブラインドサッカーの選手のボールを小学5年生が10秒で取れるかというゲームをすると、ほとんどの小学生がボールを取れません。ところが初めて訪れた学校ですから、トイレに行くとなると生徒が案内しないと選手のだれ一人としてトイレに行けません。
このように視覚障がい者ができることとできないことの確認にブラインドサッカーを使っているのです。障がい者に対する社会の見方を変えていく、それをマインドセットと言っているのですが、視覚障がい者と健常者が当たり前に交わっていける社会を目指しています。
日本ブラインドサッカー協会の運営では助成金が2割くらいあります。法人の寄付や協賛金が4割で、事業収入が3割――ずっとこの割合で成長できています。事業研修の内訳は、企業研修、子どもたちへの教育プログラムの提供ですが、僕らはサービスの対価としてお金をいただいているという自覚を持っています。
松崎さん×宮城さんの対話
宮城:松崎さんは学生時代からブラインドサッカーと関わり、さらに2007年に脱サラしています。当時、事業活動を専業にする団体ってありましたっけ。サービス・アカデミーに来た頃覚えていますか。
松崎:2011年、東日本大震災が起き、それまで4〜5割を占めていた法人の寄付が止まり、その後の数年が資金的に最も苦しい時期でした。サービス・アカデミーにも参加し、財源の構造が大事だと分かりました。運営は助成金に頼っていたのですが、自分たちでも資金を集めようという動きになりました。いまは2020年の東京パラリンピックという追い風はありますが、専業にするという団体はなかなかありません。
私自身も最初はサービスを提供しているという自覚はありませんでした。ブラインドサッカーやっていますという程度です。いまはどういう商品をだれに対してサービスしているのかを自覚しています。この半年でやったのはステークホルダーを書き出して、それぞれに何を提供しているのかを再確認しました。その結果、事業の評価とサービスの評価は別なのだと知りました。よく満足度調査がありますが、僕たちはこのサービスがなんの価値を提供しているのかを掘り下げています。小学生向けのダイバシティ―プログラムは8つの因子、27項目から成り立っています。
岩手のお母さんに安心を提供できるよう
産前産後ケアの施設を運営しています
●佐藤美代子(さとう・みよこ)さん
NPO法人 まんまるママいわて 代表理事
看護師・助産師として、2001年から5年間、産科集約化が進む岩手県立病院に勤務し、退職。東京の矢島助産院に1年勤務後、花巻市に戻り開業。2011年東日本大震災をきっかけに、有志4名で「いわて助産師による復興支援まんまる」を設立。専門職が被災地をめぐり、相談とお茶会を行うまんまるサロン事業を主に展開。被災地を中心にした子育てサロン活動は500回以上、参加母子数は6,000人以上になる。2016年にサービス・アカデミーを受講。それをきっかけに岩手県内初の滞在型産後ケアサービスを花巻市で行っている。サービス・アカデミー6期生
佐藤:岩手県は北海道に次ぐ広い県です。私が生まれたのは盛岡市ですが、就職したのは「あまちゃん」で知られる久慈市でした。
岩手では産婦人科が集約化でなくなり、妊婦のみなさんは山を越えて出産に来ます。1時間も掛けないと病院にたどり着きません。なぜ妊婦がこんな目に遭わないといけないのだろうかと考え、仕事をやめて東京の助産院で開業のための修業を行い、2007年に花巻市で開業しました。上の子が5歳、下の子が3歳の2011年に東日本大震災がありました。
もともと医療職ですから、何かやらないといけないということで、「いわて助産師による復興支援まんまる」という団体を立ち上げて、被災地でお母さんたちの相談を兼ねたお茶会をやりました。震災から3年間は寄付による支援も受けて、やってこれましたが、2014年になると支援をやめるという話があちこちから出てきました。
どうやって活動を続けるのか、どうやったら活動資金を集めることができるのか議論となりました。あらためて自分たちの使命は何かを考えることになり、2015年にサービス・アカデミーに参加しました。
最終日のプレゼンでは、私の思いを絵に描きました。ただ、それをやるにはお金も時間も掛かるのでできないという言い訳ばかりしていました。サービス・アカデミーの監修である石川治江さんから、「やるのやらないの」と幾度も言われました。 (笑い)。
そこで「やる」と決めたのです。2泊3日の研修を受けて岩手に帰り、事業の企画をつくり、いろいろなところとどうやったらできるかの研究をしました。そして2016年10月に岩手県初となる産後ママのデイサービスを行う滞在型産後ケア施設を設立しました。
半年で市の事業委託も決まりました。2017年は満員状態で、2018年4月に新しい施設も借りるところまで来ました。今後は岩手県の女性たちが望めば、いつでもどこでも、希望する産前産後のケアが安心して受けられるようになるまで活動を続けます。
佐藤さんと宮城さんの対話
宮城:先ほどは「やるのやらないの」というシンプルな問いでしたが、もともとやっていたし、やるはずだと思うのですが、「やる」と決断した背景には何があったのですか。
佐藤:震災を機にお母さんたちの支援をやっていたわけですが、お手軽にスタートしたものですから、もっとやるべきことはあるよねというのはずっとありました。人間関係もありましたが、やらないのは他人のせいではなくて、自分のせいだと気づくようになりました。宝くじに当たればやると言っていた時期もあります。
だれのために何をやるのかを考えると、お母さんたちのためでした。何をやるかとなると産後ケアだったのです。やると決めたらスイッチが入りました。単純です。
サービス・アカデミーに参加した翌週、みんなにプレゼンテーションし、事業計画を全部発表しました。8人のチームでしたが、産後ケアを立ち上げるチームを新たに設け4人が手を挙げてくれました。
宮城:スタッフの自覚もその間変わったのでしょうか。
佐藤:美代子さんがやるならやるとか、私もやりたいという人が出てきました。3年間の積み上げの中で、みんなが変わってきました。やれないという人の話を聞くのはやめにして、やろうと思いました。
アーチストのワクワク感を大切にし
地域コミュニティでの活動を広げる
●厚地 美香子(あつち・みかこ)氏
認定NPO法人あっちこっち 代表理事
武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒業後、20年間クラシック音楽コンサート・マネジメント会社に勤務。アーティスト・マネージャー、コンサート・音楽祭の企画・制作・運営、営業、広報など幅広いマネジメント業務に関わると同時に、国内外の素晴らしいアーティストから音楽について学ぶ。2011年、芸術での社会貢献活動を行う市民団体「あっちこっちの会」を立上げ、若手芸術家とともに被災地でのコンサート活動を開始。2013年、NPO法人『あっちこっち』を設立。サービス・アカデミー9期生
厚地:20年務めた会社を辞めて半年もしないうちに東日本大震災が起きました。
がれき撤去などの支援から帰ってきた友人が、これから大切になるのは人の心をいやす芸術だ、君ならできると言われたのがきっかけで、2011年夏に「あっちこっちの会」を設立し、それ以来、前職で関りがある東京藝術大学の学生さんを中心に毎月被災地でカフェ・コンサートを開催しました。現在でもその活動は続けています。
その後、被災地だけでなく、地元、横浜市でも活動を始めました。子どものためのワークショップ制作をはじめ、横浜市教育委員会の「アーティストが学校へ」というプロジェクトではコーディネーターも務めています。現在、活動をともにするのは音楽家だけでなく、美術家、舞踏家、演出家など55名の若手アーティストです。
芸術系の学校を卒業した人たちの95%が芸術活動をあきらめています。私たちはどうにか彼らが活躍できる社会にできないかと思ってきました。ですが組織として専従出来るのは、ほぼ私一人。私がいなくなったらどうするかという課題がありました。
私も石川治江さんに「やりたいのですが、お金も人も足りない」という言い訳をしました。治江先生は「一度死んでみたらいいのよ」とおっしゃいました。私は「え?死ぬってどういう事?」とはじめは混乱しました(笑い)。
でも自分が「死ぬ」こと、つまり「一度無になること」で見えてきたものがあります。いままでは一人で経営に向き合ってきたつもりでしだか、本当に「つもり」で「覚悟」が足りていなかったのです。
アカデミーでの学びをスタッフに伝えると、理念を考えよう、共通の価値観を考えて行こうという話も出てきました。私が覚悟を決めて突き進むとスタッフの意識も変わってきました。
アカデミーで学んだ大切なことは、「道を突き進む際に俯瞰して見る」ことです。実は、介護施設への訪問を収益事業の柱にするつもりでいたのですが、治江先生に「介護施設でアーティストがコンサートしたいと思っているのか」と言われました。ここでも本質を考えるということを教えてもらいました。
研修から帰って、スタッフと話し合って立ち上げたのが、「アーティスト応援プロジェクト」です。55人のアーティストを対象に「あなたがやりたいことって何?」というワークショップを開催しました。これをきっかけにアーティストがしたいことで街をアートでいっぱいにしようという構想が生まれました。地域のコミュニティと一緒になってすすめる「アート・フォー・コミュニティ」が今年からスタートしています。
厚地さんと宮城さんの対話
宮城:厚地さんが「一度死んだらいい」とまで言われたという研修の意味は終わる頃には皆さんにも分かってくるはずです。これをきっかけに、厚地さんは何を変えたのですか。
厚地:いろいろなところにアートを持っていくことはそれまでも考えていました。ただ、突き詰めると組織が回るよう収益事業をどうしたらよいかとしか考えていなかったわけです。つまり一番お金にしやすいものをやろうと。それが介護施設のコンサートでした。ですが介護施設の長でもある治江さんから、「介護施設でのコンサートはアーティストたちにとって楽しいの?」と言われたわけです。
宮城:そこからどう発想を変えていったのですか。
厚地:もともと若いアーティストの支援をしたいとずっと思っていました。海外ではアートを身近に生活の中に取り入れて豊かになっている例もありますが、どうすればそのようにできるのか分からなかったのです。ただ、芸術というのはなくても生きていける世界です。でも、やってみたいことをやっていいと思えたことは、サービス・アカデミーに参加したからです。
宮城:介護施設に届けようというのと、若いアーティストを応援したいというのは大きな転換です。
厚地:どう考えてもワクワク感が違います。コンサートを介護施設に持っていく企画も行き詰っていたので、どう転換するか悩む過程もスタッフみんなで共有しながら模索しました。それが良かったのかもしれません。
去年の「アーティスト応援プロジェクト」でアーティストたちのやりたいことや届けたいサービスが分かってきました。次は届け先のコミュニティとつながり、その場所、そこの人たちに合ったアートを届けることが課題です。まずやってみることが大切だと思っています。
<お問い合わせ先>
●アメリカン・エキスプレス・インターナショナル(社会貢献サイト)
●NPO法人エティック(ETIC.)
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