識者に聞く
「自由」を手に、「夢」をかなえる
脱北者の韓国社会における奮闘ぶりを1冊にまとめた 韓国人大学教授 申美花さんに聞く北朝鮮から韓国にわたった脱北者は今や3万人に上る。同根の民族とはいえ、異なる政治体制で暮らした脱北者たちの韓国社会への同化はたやすいことではない。韓国の軍事独裁政権時代に少女期を過ごし、その息苦しさから逃れて日本に留学した申美花さんが、このほど『脱北者たち―北朝鮮から亡命、ビジネスで大成功、奇跡の物語』を上梓した。自らを「脱韓者」と規定する著者の「脱北者」に対する思いを探った。[2018年9月7日公開]
「自由」を求める、「自立」を求める
Q1 「脱北者」というテーマは、日本人である私たちにも無関心でやり過ごすことのできないテーマです。「脱北者」に注目したきっかけは?
申: 私が文部科学省の奨学生として日本に来たのは1986年のこと。当時、韓国では軍部による独裁政治が続きまして、「北は敵」だという反共教育を叩き込まれました。朝鮮時代の儒教の影響が根強く残っていた韓国は女性差別もひどく、女性が学問などとんでもないという空気でした。そんな韓国社会から逃れ、学問をしたいという思いで20代後半に来日しました。振り返ってみると私も「女性の自立」を求めて韓国を離れた「脱韓者」だったのです。
その後、結婚し、子供が大きくなってからは、韓国で一人暮らしをする母親を訪ねるため、月に1回、忙しいときは2か月に1回ほど日韓を行き来することになりました。
3年前に母親を訪ねたとき、20代の脱北者の女性が北朝鮮の生活についてテレビで生々しい証言をするのを見て釘付けになりました。それが「脱北者」について調べるきっかけです。
「脱北者」である彼らと「脱韓者」である私とは程度の差はあれ、「自由」や「自立」を求めて祖国を逃れてきたという「共感」があったのかもしれません。
Q2. 著書『脱北者たち』は、ビジネスで成功した脱北者たちの物語です。脱北者のビジネスに関心を持たられた理由は?
申: 「脱北者」を調べ始めると、少数ながらビジネスで成功を収めている人がいることが分かりました。
実は私の専門は経営学です。資本主義の国に生まれ、幼い頃から市場経済の中で育った私は、留学してからの30年、日本やアメリカの大学で経営学を学んで博士の学位をとるまでの間に、いったい何冊の専門書を読んだでしょうか。でも、教え子などの勧めもあって始めたビジネスの実践はことごとく失敗しました。
「経営の知識」という点では何倍も恵まれているはずの私が失敗し、何の知識も持っていない彼らが成功した理由は何なのか……それが知りたくなりました(笑い)。
毎月のように日本と韓国を往復し、何人もの脱北起業家に会ってお話を聞きました。
まず、生い立ちを聞き、脱北の経緯や苦難の様子を聞き、韓国でビジネスを始めたきっかけを聞き、成功に至るまでの道筋を聞く……あまりにも細かく聞くので、いつもインタビューの予定時間を大幅に超えていました。
自宅に戻って取材した内容をまとめると、新たな疑問がわいて、さらにメールで質問したり、SNSで質問したりもしました。それでも足らなくて、また会いに行くという繰り返しでした。
異文化の中で試される“生きる力”
Q3 この本には5人の「脱北者」の挑戦と、2人の脱北支援者のすさまじい体験が描かれています。生身で接した脱北者はどのような方たちでしたか?
申: 「筆の力と国家」に登場するチャン・ジンソンさんと初めて会ったとき、彼は朝にも関わらず黒いサングラスをかけてきました。カフェでお話しをする際も周囲ばかり気にしていたのでインタビューに集中できませんでした。
しかし、2回目に彼の事務所でお会いすると、サングラスを外した目はとてもやさしいのです。インターネット新聞「NEW FOCUS」の代表として北朝鮮の内部情報を世界に発信しているため今でも北朝鮮から何回も脅迫を受けているようです。深い人間愛がなければ著書の中で紹介している「わたしの娘を100ウォンで売ります」という詩は生まれなかったでしょう。
チャンさん以外にも私がインタビューした人たちは、人より何倍も苦労し、ボロボロになって韓国にたどり着いたにもかかわらず、とても明るくてピュアな性格の持ち主でした。自由を求めて韓国に来て、体一つでビジネスを成功させた喜びが満面の笑顔に表れていました。
自由と家族のはざまで
Q4 北朝鮮から韓国への「脱北者」は3万人を超えるとも言われています。成功者にはなれなかった方たちにも、脱北してよかったと思える平穏な日々があるのでしょうか?
申: 30代の若い脱北者から直接聞いた話ですが、一緒に脱北した友人が韓国での一人ぼっちの寂しさに耐えられなくなり自殺しました。
また、韓国の職場に勤めた脱北者が、うまく適応できなくて苦しんでいたので、お酒に誘って愚痴を聞いてあげていたら、いつの間にか連絡が途絶え、おかしいと思っていたら、再び北朝鮮へわたったというニュースを見たと語ってくれた人もいます。
朝鮮半島は70年以上にわたって分断されてきました。異なる政治体制の間にある溝だけでなく、人々が暮らしに求める価値にも大きな隔たりが生まれています。
ただ、ビジネスで成功した人たち以外にも会社勤めをしている人や韓国の大学で学ぶ脱北者にも出会いました。彼らの多くは「韓国にはやりたいことに挑戦できるチャンスがある」「脱北して本当に良かった」と笑顔で話してくれました。
「自由」を得た喜びは何物にも代えがたいようです。最近では、家族の一人が脱北して韓国へ行き、一生懸命働いてブローカに渡す資金をためて家族を呼び寄せるケースも増えています。70代のおばあちゃんを含めた家族全員が脱北した例もあります。
Q5 東京大学名誉教授の姜尚中さんが短い感想文を寄せています。その中で、女の自立を求めて韓国を離れた「脱韓者」と自由を求めて韓国にわたった「脱北者」たちとの精神的なスパーク(火花)が感動を呼び起こすと書いていますが……。
申: 姜尚中さんのスパークのお話は、私も予想しなかったうれしい表現であり、その洞察力に敬服しています。脱北者たちの姿だけを描いているのではなく、それを取材し、執筆した私自身の経歴もユニークだったため、そのように表現して下さったものと思います。
ただ、脱北者たちに私自身の詳しい説明はあえてしませんでした。その分、取材で最大限の心配りをしようと努めました。
事前にインタビュー内容について質問案をつくって確認を取ったり、インタビューの際には北朝鮮に残している家族については本人が話すまで、先に質問したりはしませんでした。家族の問題はいちばん深い傷になっているに違いありません。
また原稿については、韓国語で翻訳してこの内容で本に掲載してもよいのか、事前に打診しました。今でもカカオトーク(ラインのような韓国のSNS)やメールで連絡を取り、彼らとの信頼関係の構築に力を入れております。
「統一」の果実をいちばん身近で知る人たち
Q6 東西の冷戦が終わったとされながら、韓国と北朝鮮の「統一」にはなかなか進展が見られません。「脱北者」のみなさんが果たせる役割はないのでしょうか?
申: 北朝鮮で暮らした経験をもつ人々が、韓国で定住することに2つの大きな意義があります。
1つは韓国社会に与える影響です。韓国は1953年に休戦協定を結んだ朝鮮戦争後、「産業化」と「民主化」の経験を味わいました。未来に向けて実現すべき大きな夢が「統一化」であり、それは民族の課題です。
韓国では、死ぬくらいの覚悟で脱北し、韓国にわたってきた彼らを「先に訪れた統一」と呼びます。彼らが民主主義、資本主義の社会にどうやって適応したかを明らかにすることは、民族統合の大きなカギとなります。脱北者は、北と南が一つになるために何が必要かを知るための貴重な存在です。
もう1つは、北朝鮮の住民に与える影響です。ビジネスに成功した脱北起業家だけでなく、脱北者の多くが多様なルートを通じて北朝鮮の家族や親族に経済的援助を行っています。
なかにはブローカに3割の手数料を払って頻繁にお金を送っている人もいます。経済状況の厳しい北朝鮮の家族や親族は、この援助を活用して周囲より豊かに暮らし、またその資金を活用して脱北の下準備を進めます。つまり「韓国の正しい情報」が北朝鮮に入ることで、北朝鮮に新しい動きが生まれます。
北朝鮮は韓国を貧しい国だと宣伝してきましたが、北に暮らす人々もそれが嘘であることに少しずつ気付いています。韓国で無一文からスタートしてビジネスで成功した脱北起業家のサクセスストーリーは、韓国への亡命を夢見る脱北予備群に「希望」を与えるに違いありません。脱北者たちの深層を掘り下げることは、方法として大変有益なことだと思われます。
日本の若者よ、チャレンジの心を
Q6 「あとがき」で「日本の若者たちにチャレンジ精神を持ってほしい」と語っています。日本の教壇に立つ申さんには日本の若者たちはどのように映っていますか。
申: 2015年12月1日号のニューズウィーク日本版に「世界一『チャレンジしない』日本の20代」という記事がありました。世界59カ国の若者のクリエーティブ志向・冒険志向の調査で、日本が世界で最低だという調査報告が出ています。
社会的な統制が強いはずの旧共産圏よりも低いのです。実際に、私が教えている大学でも、とにかく学生に元気がありません。若いのだから、もっと創造力やチャレンジ精神を鍛えてほしいと思い、機会あるたびに口を酸っぱくして言うのですが、左耳から右の耳にまっすぐ抜ける感じです(笑い)。
日本の若者は、生まれたときからすべての文明機器が揃い、社会的統制もなければ、厳しい戒律もありません。自ら探さなくても、日々進化するゲームや漫画が溢れ、楽しいことが用意されています。
生まれてこの方ずっと享受してきた「安定」という果実よりもおいしく見えるものはないのでしょうね。安定という“楽園”の暮らしを続けた代償で、「自分が本当にやりたいことは何か」さえ考えたこともない若者ばかりです。
彼らは卒業間近になると、疑いもしないで親から言われた安定的な職業に走るのです。しかも、女生徒はちょっとだけ働いて、30歳前に結婚して家庭に入ることを考えます。
グローバリゼーションの波に拍車がかかれば、日本だけ良いという時代もそう長くは続きません。いつまでも今の暮らしが続くと思うのは、とんでもない誤りです。
今、企業の人事担当者に話を聞くと、「積極的に新しいことを提案できる人」「失敗を恐れず冒険精神が旺盛な人」を求めたいという答えが返ってきますが、そのような若者は日本ではどんどん少なくなっていると感じています。
極限状態からわが身1つで脱出し、努力と工夫で新しい事業を立ち上げた『脱北者たち』には、今の日本の若者にとってもこれからの生きざまを考えるヒントがたくさん詰まっています。
申 美花さん
韓国から文部科学省奨学生として1986年に来日。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了後、株式会社アイ・アールジャパンで4年間勤務。人生最大の冒険は生後9か月と2歳の乳幼児を連れて3人でアメリカのニューヨークに留学したこと。茨城キリスト教大学経営学部教授。慶應義塾大学大学院商学博士。
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