CSRフラッシユ
カーボンニュートラルと経済成長は両立できるか
ホワイトデータセンターの「脱炭素社会と企業の課題」セミナーからCOP26が間近に迫り、主要国のカーボンニュートラル(脱炭素)への動きが加速している。わが国も2050年の炭素排出ゼロに舵を切ったが、気がかりなのは凋落する経済に有効な手立てが打てていないこと。先ごろ、北海道で雪の冷熱と再生可能エネルギーを活用してCO₂排出量ゼロを実現した㈱ホワイトデータセンターが、経済産業省の担当者を講師に、「カーボンニュートラルとグリーン成長戦略」と題する講演会を開催した。その模様を紹介したい。(2021年10月11日公開)
カーボンニュートラルとグリーン成長戦略
2020年10月、わが国も「2050年のカーボンニュートラル」を宣言し、それに伴う「グリーン成長戦略」を発表しました。私が所属する部署は、その策定と実行を進める部署です。本題に入る前に、カーボンニュートラルの背景からお話しましょう。
カーボンニュートラルと世界の潮流
ご承知のように、2015年にフランスで開催されたCOP21でいわゆるパリ協定が採択されました。すべての締約国が、温室効果ガスの削減目標をつくることになっています。パリ協定は世界の平均気温の上昇を、産業革命以前に比べ2℃より低く保ちつつ(2℃目標)、1.5℃に抑える努力を追求(1.5℃努力目標)するというもの。2050年に(1.5℃努力目標)を、2070年に2℃目標を達成しようという試みです。
主要国の世界の炭素排出量に占める割合をご存じですか。2018年で日本の排出量は3.2%、中国は28.4%、米国は14.7%となっています。中国やインドを含む途上国の排出量が6割を占めています。
現在、2050年までのカーボンニュートラルを表明しているのは125カ国と1地域ですが、これらの国々のCO₂排出量は、2017年実績で39.0%に過ぎません。
下の図は、主要国の削減目標と気候変動政策をまとめたものですが、バイデン政権の誕生で米国がパリ協定に復帰しました。2050年の カーボンニュートラルを約束し、2030年までに2005年比で50-52%の削減を目指します。クリーンエネルギーと雇用の両立を政策とし、大規模なインフラ投資に舵を切っています。最大の排出国である中国は2060年の カーボンニュートラルを宣言しました。2030年でCO₂排出量をピークアウトさせ、2005年比で65%減の達成を目指しています。電気自動車(EV)などへのシフトにより経済のグリーンモデルチェンジを急いでいます。
バイデン政権の誕生もあり、エネルギー、気候変動問題をめぐる国際的な議論は、欧州・米国を中心に活発化しています。今年の10月末から英国グラスゴーで始まるCOP26に向け、各国の活発な駆け引きが行われます。さて、ここからが本題です。
“経済と環境”の好循環は可能か
2020年10月、わが国も菅政権のもとで「「2050年のカーボンニュートラル」を宣言しました。これからは温暖化への対応を制約やコストと捉えるのではなく、成長のチャンスと捉える時代に突入します。
発想を大転換し、積極的な対策を行うことで産業構造や社会の変革をもたらし、次なる成長につなげていかなければなりません。「グリーン成長戦略」は、「経済と環境の好循環」をつくる取組です。
ただ、これは並大抵の努力ではできません。これまでの成功体験を捨て、ビジネスモデルや戦略を抜本から見直さなければならない企業が数多く存在します。現実のモノづくりではCO₂を出しながらつくらざるを得ない企業もたくさんあります。
「グリーン成長戦略」は次の時代をリードするチャンスです。大胆な投資をし、イノベーションを巻き起こす民間企業の前向きな挑戦を、政府は全力で応援します。
カーボンニュートラル×成長戦略
カーボンニュートラルの実現では、発電事業など電力部門の脱炭素化が大前提となります。現在の技術水準を前提とすれば、全ての電力需要を特定の再生可能エネルギー、たとえば太陽光だけで賄うことは困難です。再生エネルギーの導入においても、洋上風力・太陽光・蓄電池・地熱産業の組み合わせが重要になります。
次は水素を活用した水素発電です。水素は炭素を出さないエネルギーだけに、選択肢として最大限追求します。供給量・需要量の拡大とともに、海外から輸入する場合のインフラ整備も必要です。またコスト低減も必要です。水素産業の育成と燃料となるアンモニア産業の育成も必要になってきます。
火力発電におけるCO₂回収も重要な課題です。CO₂を出さない火力発電を実現するには、技術確立、適地開発、コスト低減がカギを握ります。東南アジアでは今後も天然ガス火力が伸びるとされています。こちらへの技術対応も求められます。それと併せて火力発電所から出る炭素のリサイクル産業の創出も期待されます。
火力発電などとともにベース電源とされてきた原子力発電は、安全性の向上を図り、再稼働を進めるとともに、安全性に優れた次世代炉の開発が急務となります。
電力部門以外ではどうなるのでしょうか。こちらはカーボンフリーの「電化」が中心となるでしょう。電化で対応できない熱需要は、「水素化」で対応し、化石燃料を使う場合は、「CO₂回収」で対応します。
産業では水素還元製鉄など製造プロセスそのものの変革が求められています。運輸では、輸送手段で自動車などの電動化とともに、バイオ燃料、水素燃料の拡大が不可欠です。
業務・家庭向けでは、電化、水素化、蓄電池活用があります。これに関連して水素産業、自動車・蓄電池産業、運輸関連産業、住宅・建築物関連産業が有力な成長分野になります。
先ほどからカーボンニュートラルは「電化」がカギを握るというお話をしていますが、グリーン成長では、電化とデジタルインフラ=ICT(情報通信技術)の活用が「車の両輪」となります。半導体・情報通信産業も成長分野です。
電力では、スマートグリッド(系統運用)、太陽光・風力の変動調整、インフラの保守・点検等が。 輸送では、自動運行(車、ドローン、航空機、鉄道)が。 工場では、 製造自動化(FA、ロボット等)が。業務・家庭では、スマートハウス(再エネ+蓄電)、サービスロボット等の活用の広がりが。これらの技術開発+量産投資によるコスト低減で、2050年までに約290兆円、約1,800万人の経済効果・雇用効果が見込まれています。
成長が期待できる14の産業分野
下の図は、グリーン成長戦略の担い手となる14の産業分野を示したもの。オレンジ、青色、黒色の色分けは、上から下に拡大していく時間差を示しています。
主要分野における取組イメージをより具体的に示すため、ここではCO₂排出量が大きな4つの産業部門にしぼって、主な改善案を紹介します。
■産業部門
①鉄鋼産業
現在はコークスを大量に燃やして鉄鉱石から鉄を生み出す還元作業を行っていますが、水素還元製鉄技術などの超革新技術によって「ゼロカーボン・スチール」の実現を目指します。
②化学産業
製造工程で発生するCO₂を人工光合成し、光触媒技術で水と酸素に分解するケミカル・リサイクル技術により廃棄物を焼却処分することなく原料として再利用します。
③セメント産業
製造工程で発生するCO₂を、原料や川下のコンクリート製品に吸収して再利用します。
④紙・パルプ産業
脱水・乾燥工程に使う大量の熱エネルギー源を、バイオマスなどに転換します。
産業部門に次いでCO₂排出量の多い、運輸部門ではどのような対策があるでしょうか。
■運輸部門
・自動車は、中距離まではEVで対応し、充電インフラを整備します。長距離輸送はFCVといった水素などを燃料とする燃料電池車とします。水素ステーションの拡充が必要です。2050年に向けて世界に供給する日本車は最高水準の環境性能を実現します。
・船舶は、構造をジュラルミンにして軽量化するほか、水素燃料船やアンモニア燃料船などのゼロエミッション船を普及します。
・航空機は、燃料をバイオジェット燃料や合成燃料(e-fuel)にし、さらに動力源に電動化+水素燃料の導入が見込まれます。
2019年、わが国のCO₂の排出量は10.3億トンですが、これを2050年までに排出+吸収で実質ゼロにするのが脱炭素の現在の計画です。ただ注意しなければならないのはそれでもCO₂の排出が避けられないグレーの部分への対処法です。これについては植林やDACCS(CO₂を大気から直接回収し、貯留する技術)などの炭素除去技術を使って対応します。
グリーン成長戦略を加速する諸施策
グリーン成長を実現するには、企業自らの現預金(240兆円)を投資に向かわせる意欲的な目標設定が重要になります。そのうえで予算、税、規制・標準化、民間の資金誘導など、政策ツールを総動員します。グローバル市場を見ると、3,500兆円を超えるといわれるESG投資(Environment【環境】、Social【社会】、Governance【ガバナンス=企業統治】の3つの観点から企業の将来性や持続性を分析・評価する投資手法)を国内に呼び込む必要もあります。
以下に行政が関与する取組についても述べていきます。
①予算
2兆円のグリーンイノベーション基金を造成し、企業の野心的な挑戦を後押しします。すでに水素の大規模サプライチェーン構築プロジェクトや、水電解装置の大型化に関するプロジェクトの実施企業等を決定。次世代船舶・次世代航空機の開発に関するプロジェクトの公募を実施。製鉄プロセスにおける水素活用技術の開発・実証や洋上風力の低コスト化等について検討が具体化しています。
②税制
最大10%の税額控除または50%の特別償却を盛り込んだカーボンニュートラルに向けた投資促進税制を整備。①大きな脱炭素化効果を持つ製品の生産設備の導入 ②生産工程等の脱炭素化と付加価値向上を両立する設備の導入を促進します。
③金融
円滑な資金供給に向け、ガイドラインやロードマップを整備。グリーンボンド等の社債等取引市場を活性化。サステナビリティに関する開示を充実。金融機関による融資先支援と官民連携を推進。さまざまな金融制度による支援を実施。トランジションの取組に対する成果連動型の利子補給制度(3年間で1兆円規模の融資)を創設します。
④規制改革・標準化
・洋上風力について、風車撤去時の残置許可基準の明確化や航空障害灯の設置基準の緩和等、規制の総点検を加速化。住宅を含む省エネ基準の適合義務付けなど、規制措置を強化。蓄電池ライフサイクルでのCO₂排出見える化等を 2021年度を目途に制度的枠組み等を検討。
・液化水素運搬に必要なローディングアームなど関連機器の標準化を検討。燃料アンモニアの燃料としての仕様や窒素酸化物の排出基準等の国際標準化。
・成長に資するカーボンプライシングについて躊躇なく取組ます。
⑤国際連携
日米・日EU間の連携を強化。カーボンニュートラル実現に向けたエネルギー・環境関連の国際会議を集中的に開催し、「経済と環境の好循環」を実現する日本の成長戦略を世界に発信します。
アジア等新興国のエネルギートランジションを支援します。
⑥大学における取組の推進等
カーボンニュートラルに資する学位プログラムの設定など、学部を横断・連携した教育研究を推進。地域社会との連携、人材育成等について先進的な取組や研究成果の横展開や議論を行い、カーボンニュートラルに向けた知見・技術の社会実装等を推進。環境要因を考慮した統計(グリーンGDP(仮称)など)や指標に係る、研究やその整備などを関係省庁が連携して推進します。
⑦2025年日本国際博覧会
大阪・関西万博を革新的イノベーション技術の実証の場とします。
⑧若手ワーキンググループ
経済の持続可能性を表す、新たな指標を設定し、カーボンニュートラルへの移行に向けたコスト負担に関するガイドラインを策定。CO₂の可視化(ライフサイクルアセスメント)を推進します。また、起業人材や研究開発人材などの育成を推進します。
※CSRマガジン編集部から: 経済産業省 金子 周平氏の講演は約1時間に及び、内容も多岐にわたりました。本誌編集部では、紙面の都合により、かなりの部分を要約していますことをご理解ください。
株式会社ホワイトデータセンターとは
㈱ホワイトデータセンター(本社:北海道美唄市、代表取締役社長 伊地知 晋一)は、除雪の冷熱と再生可能エネルギー(再エネ)を利用することで、CO₂ 排出量ゼロを実現しています。100%再エネのデータセンターをつくることは技術的に難しくありませんが、商業利用に耐えうるコストパフォーマンスを持ったデータセンターをつくることは、非常にハードルが高いといえます。ホワイトデータセンターではこのハードルを大きく下げるために、除雪の冷熱を利用しています。これにより夏期でもPUE※は1.04という、国内トップクラスの省エネデータセンターを実現しています。
●Webサイト: https://w-dc.info/
※PUEとは
Power Usage Effectiveness(電力使用効率)の略で、データセンター内の設備が使用するエネルギーの効率を表す指標です。夏期のPUE値1.04は、国内でもトップクラスの省エネデータセンターといえます。
<計算式>全体の電力使用量 ÷ サーバー機器の電力使用量 = PU
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