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“映画のまち調布”が人気のマンガ家で地域おこし

「つげ義春」というマンガ家をご存じですか。60年半ばから70代にかけて『月間漫画ガロ』を舞台に『紅い花』『ねじ式』『ゲンセンカン主人』などの名作を残した伝説のマンガ家です。つげさんが暮らす調布市では、このほど「つげ義春のいるところ展」を開催、映画『無能の人』上映会やトークイベントと併せて、大きなにぎわいを見せています。[2026年2月27日]


わが街とゆかりの深いマンガ家の足跡を振り返る

京王線調布駅から徒歩3分。市立図書館も入る調布市文化会館たづくりで「つげ義春のいるところ展」が開催されています。会場に入ると天井から大きな垂れ幕が。つげさんが80年代に発表したマンガ『無能の人』の一コマです。多摩川の河川敷で石を集めて売る男の姿が印象的です。調布市で相次いで開かれたつげ義春さん関連のイベントの模様をお届けします。

にぎわう「つげ義春のいるところ展」3月22日まで開催の予定

つげ義春とその作品

マンガ家つげ義春さんは、1937(昭和12)年に東京葛飾区で生まれました。13歳からメッキ工場で働き、17歳で貸本マンガ『白面夜叉』でマンガ家デビューします。当初は手塚治虫や白土三平にあこがれ、彼らを目標としますが、60年代半ばになると貸本屋そのものが下火となります。

そんな折に、『月間漫画ガロ』が創刊され、つげさんは1966年に『沼』『チーコ』を発表します。しかし、生活は安定せず、アシスタントを探していた水木しげるさんの助手になるため調布市に転居します。そして、仕事の合間に自身の作品も書き続け、翌年には『李さん一家』『紅い花』『海辺の叙景』を『月間漫画ガロ』に発表します。


「海辺の叙景」の複製原画の全ページを公開

会場に入ると、最初に目に入るのが、『月間漫画ガロ』1967年9月号に掲載された『海辺の叙景』全ページの複製原画です。あらすじを簡単に紹介しましょう。

夏の海水浴場。一人の青年がぽつんと砂浜に座っています。青年はふとしたきっかけで、近くで肌を焼くショートヘアの少女と口をきくようになります。

その後、巨大な岩場で偶然出会う二人。とりとめのない話の中で、この付近でその昔、親子の水死体があがったと青年は話をします。

「あしたも昼すぎにまた来よう」と二人は別れるのですが、翌日はものすごい雨。もう来ないとあきらめかけたときに「来てたの」と少女が駆け寄ってきます。

「少し泳ごうかしら」と少女。「あしたは東京へ帰るから泳ぎおさめをしなくちゃ」と言い、ビキニ姿になります。「よしつきあおう」と二人は雨の降る海へ。「あなた、泳ぎ上手ね」とほめられた青年は「もう一度ちゃんと泳いでみせるよ」と言って懸命に泳ぎ続けます。

それを見ていた女性は、「あなたすてきよ」「いい感じよ」と言うのだが、最後の場面は、見開き2ページで、泳ぐ青年とそれを見つめる女性がシルエットで描かれます。

「海辺の叙景」のラストシーン
(新潮社とんぼの本『つげ義春名作原画とフランス紀行』から)

2026年1月29日に映画専門誌「キネマ旬報」が発表した「第99回キネマ旬報ベスト・テン」で、『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を原作とした、三宅唱監督の『旅と日々』が1位を獲得しています。


つげ義春と調布

つげさんが調布に転居してきたのは、NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」でおなじみの水木しげるさんのアシスタントとして働くためでした。

水木プロで、つげさんは主に人物の作画を担当しました。本展示会では、水木さんがつげさんをどう見ていたのかのコメントも登場します。

「つげさんは風変わりで珍しい人でした」「絵は上手なのに、本人はそれを自慢するようなことはしませんでした」と語っています。


散歩で歩いた調布のあの風景があのマンガの背景に

2つめのコーナーでは、つげさんが仕事の合間に散歩した調布市内とつげさんの作品の関係性を明らかにしています。「京王線ガード下」「布田天神」「祇園寺」「野川」「市民プール」「多摩川」などの写真が次々に登場し、その場所が、つげ作品の中でどのように描かれているのか、作品の原画とともに紹介されています。

下の絵は、その中でも印象に残る1コマ。マンガ『無能の人』シリーズの『鳥師』に描かれた多摩川の水門です。この水門はつげさんの作品に幾度も登場します。

『鳥師』に描かれた多摩川の水門
(『COMICばく7』1985年12月号の「鳥師」から)

このコーナーには、「つげさん一家」の紹介もあります。旅と写真を趣味としたつげさんはカメラの収集家でもありました。つげさんの作品には『ある無名作家』という自伝的なマンガ作品もありますが、その作品と絡めて家族や趣味についても触れています。

つげさんの奥さんは、唐十郎さんが主宰するアングラ劇団「状況劇場」の舞台女優・藤原真紀さんです。実は彼女も絵心のある人だと紹介されています。

展示物の一角には、つげさんの作品で映画化された7作品と監督や出演者名も紹介されています。その中で1991年に映画化されたのが竹中直人さん監督・主演の『無名の人』でした。


映画『無能の人』上映会と竹中直人さんのトークショー

市内に日活や角川大映の撮影所がある調布市は、“映画のまち調布”として毎年2月頃にシネマフェスティバルを開催しています。今年は、『侍タイムスリッパ―』『国宝』などとともに、つげ義春さんの作品を映画化した『無能の人』もプログラムに入り、2月11日の『無能の人』上映会では500人収容の会場は超満員の盛況となりました。

上映会のあと、『無能の人』で監督・主演を果たした俳優の竹中直人さんと、同映画の撮影を担当した佐々木原保志さんによるトークショーも開催。竹中さんは、「この映画は私が34歳のときに撮りました。フィルム全盛の時代で現像しないと映像の出来が分からず、1週間ほど待ち遠しい思いをしました」「つげさんの作品を撮るチャンスがあれば、『海辺の叙景』を撮ってみたい」などとも語りました。

映画『無能の人』上映会後のトークショーで当時を振り返る竹中直人さん
左は撮影を担当した佐々木原保志さん


つげさんファンが熱いコメント

最後のコーナーは、今回の催しの監修を行った美術史家で明治学院大学教授の山下裕二さんをはじめ俳優の佐野史郎さん、作家の藤野千夜さんなど17名の著名人がつげ義春さんへの熱い思いを語っています。

イラストレーターの南伸坊さんは「『李さん一家』を立ち読みした日のことが忘れられない」「おそらく漫画を読んで最も興奮した日でした」とコメントしています。

俳優の佐野史郎さんは、「好きだったのは『海辺の叙景』。まだ十代だった私は、映画を志していたわけでもなかったけれど、雨の中、波打つ海を泳ぐ青年を演じてみたいと思った」と語っています。

マンガ家のヤマザキ マリさんは、「フィレンツェ美術学校の留学で一番影響を受けた表現者は誰かと聞かれると、私は惑いなく『つげ義春です』と答えてきました。彼との出会いがなかったら、マンガを描く私は存在していなかった」と述べています。

このコーナーには、温泉と旅が好きだったつげさんが巡った「つげさん旅マップ」も掲示されていました。つげさんの旅は夜行で眠りながら行ける旅が多かったということです。

つげ義春さんは2017年に第46回日本マンガ家協会賞を受賞したほか、2020年にフランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞。2022年に日本芸術院(マンガ)の会員となっています。

会場入り口では、つげ義春さん関連の出版物をはじめTシャツやトートバッグなども販売中

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