華やかな都市生活に埋もれた健康格差の是正に目を向けよう

WHO健康開発総合研究センター(WHO神戸センター)所長 アレックス・ロス氏に聞く

タバコの害から健康を守れ

ロス 2つめは、都市の政策決定者=行政官のみならず、知事・市長自身に健康政策をつくる際に適切な助言を行うことです。例としては、都市において受動喫煙対策のモデルや禁煙都市を推進するモデル条例を提供することによって、レストランや公共の場における受動喫煙を防いでいくという狙いがあります。もうすぐ兵庫県で受動喫煙防止条例を発表しようとしています。

3つめは、高齢化対策です。各世代が必要としている課題を研究し見つけることです。日本はすでに65歳以上の高齢者人口(平成21年9月時点)が2898万人で、総人口に占める割合は22.7%となっており、この状況に対応する政策を世界に向けて情報発信することが期待されています。

4つめは、都市における災害危機管理に関連する健康政策の助言です。例えば、東日本大震災や阪神大震災のような災害にいかに備え、対応するかという課題です。かつて3つもの大災害(地震、津波、放射能事故)に同時に見舞われた国はありません。この部分でも日本は今回の震災の教訓を世界に発信することができます。

5つめは、革新的な新しい医療技術など公衆衛生のためのイノベーションを探り、さまざまな健康課題に積極的に活用していく方策について研究と助言を与えることです。特に高齢化対策においていかにして最大限にイノベーションを推進すべきかを考えています。 

なお、WHOが考える健康の定義ですが、ただ疾病または虚弱が存在しないという状態ではなく、肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態を指しています。都市における健康に向けた研究は神戸センターだけに与えられた使命です。フランスのセンターは各国が有事をより良く感知、評価、通知し、公衆衛生上の危機、国際的緊急時に対応できるよう国家的監視・対応システムを強化することで国際保健規則を実施するうえで、その支援を専門的に行っており、チュニジアのセンターは医療に対する教育訓練の役割をそれぞれ担っています。

高齢化が世界保健デーのテーマに

Q 非常に速いスピードで日本は高齢化社会を迎えています。高齢化社会への対応についてはどのようにお考えですか?

ロス 高齢化の問題はいくつかある重要な研究テーマの1つです。WHOは毎年世界保健デーを開催し、年ごとに決められた異なるテーマに基づいた活動を進めています。2012年、つまり今年の世界保健デーのテーマは健やかな高齢化です。これは日本が直面している問題であり、しかも高い専門性を有しています。 

この問題については、日本の大学機関や地方自治体の方々との連携が不可欠です。この連携にどのように関わっていくか、WHO神戸センターとしても見極めていきたいと考えています。もちろん、神戸センターも世界保健デーの活動に積極的に参加していきます。

医薬品の開発・供給を急ぐ

Q われわれ人類は、エイズ、結核、マラリアなどの恐怖からいまだに逃れることができません。これら古くて新しい課題にはどのように対処していきますか?

ロス これら3つの感染症やその他の疾患に対して、WHOはさまざまな活動を行ってきました。私たちの活動は主に次の3つからなります。1つめは疫学的な情報の収集、2つめは治療及び予防措置の標準化、3つめはWHO加盟国への助言と訓練です。

加盟国が医薬品や医療技術を購入するための資金源を特定するうえで、その手助けを行うという役割もあります(WHO自体が資金を提供するわけではありません)。ワクチンなど医薬品にアクセスしやすくなっているという状況の中、過去10年間でたくさんの仕事がなされました。

私たちは、2003年に当時のDr.リー事務局長の下で、2005年までに低中所得国の300万人がエイズ治療を受けられるよう支援するキャンペーンを始めました。私はこのプログラムの設計に従事しましたが、これには、エイズと結核の両プログラムを連携させる取り組みも含まれていました。

世界エイズ、結核、マラリア対策基金や国際医療品購入ファシリティー(UNITAID=ユニットエイド)の創設への支援にも関わることができました。ユニットエイドは、WHOが主体となり、5カ国が創設、資金提供した組織ですが、私はWHOサイドの責任者としてその設計、財政的なメカニズムの作成に関わりました。

保健は世界という枠組みの中で

Q WHOの役割は開発途上国対策にあると思われがちですが、インフルエンザパンデミック対策などは先進国を巻き込む取り組みでもありますね。

ロス グローバル化が進む中で、どの国もインフルエンザのような新型の感染症の危機から逃れることはできません。結核、エイズ、デング熱、インフルエンザなどは、世界により広範に広がっています。

感染症は世界共通の課題です。また、日本のような先進国では非感染症、つまり生活習慣病などへの対応も急がれています。2011年9月には、ニューヨークで国連総会至上2度目に保健問題を扱ったハイレベル会合が開かれ、国家元首、大臣、他の指導者が非感染症を討議し、その予防、管理に関する政治宣言を採択しました。

非感染症については、すべての国で取り組む必要があります。疫学研究、疾病の予防・治療、また、各国が疾病のリスク要因を低減できるよう政策に対するアドバイスが欠かせません。糖尿病、ガン、心臓病、呼吸疾患などのリスク要因の1つにタバコの問題があります。また、健康な食生活や運動などが必要となっています。

WHOは2つの重要な国際的な健康条約を扱っています。1つはたばこ規制枠組み条約で、すでに175以上の国が批准しました。もちろん、日本も入っています。この条約ではたばこを規制し、それぞれの批准国が実施すべき数々の措置を明らかにしています。

もう1つは、国際保健規則(2005年改正)です。これは、各国及びWHOが公衆衛生上の危機、特に、生物学的、化学的、放射線学的に脅威となり得る事象が国境を越えて発生した際に各国、及びWHOがとるべき対応措置を示したものです。

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