国内企業最前線

廃食油を東京の資源に

TOKYO油田(株式会社ユーズ) 染谷ゆみさんに聞く

天ぷらやコロッケなどの調理に使われる食用油。家庭やレストラン・飲食店から出る使用済み食用油の量は年間約40万トンにも及ぶ。その廃食油を回収し、VDF(Vegetable Diesel Fuel:植物ディーゼル燃料)としての活用を呼びかけているのが、染谷ゆみさん率いる株式会社ユーズの面々。2007年、会社設立10周年を機に「TOKYO油田2017」プロジェクトを発足して、東京から出る廃食油のエコ資源化を展開中だ。

アースデー東京で発言する染谷ゆみさん

古くからの生業こそが環境問題を解決する「新しい企業」

Q1 東日本大震災のボランティアの輸送にいわゆる「天ぷらバス」と称するVDF燃料で走る輸送車両がかなり使われていましたね。あれは染谷さんたちの会社でつくったVDF燃料で走っていたわけですか。

染谷:東日本大震災ではさまざまな団体が被災地の支援を行いました。震災直後は、ガソリンや軽油を販売するガソリンスタンドもかなりの被害に遭っており、燃料が足りないという状況が続きました。また、被災地を支援するなら環境にもよいVDF燃料を使えないかという話がエコツーリズムのバス運送会社をはじめあちこちから寄せられ、VDF燃料の給油を行いました。「天ぷらバス」という名称は以前から使われていましたが、環境に良い燃料が天ぷらなどで使用した食用油からできる、ということを分かりやすくするために、誰かがつけた愛称でしょうね。

Q2 VDFというのは染谷さんの実家で開発されたものだと聞きましたが、どのようなきっかけで生まれたものですか。

染谷:私の実家は廃食油の精製を稼業としています。現在、弟が継いでいますが、三代目になります。墨田区の一帯は古くから廃食油を回収して精製、それを原料として石鹸をつくるメーカーがかなりありました。高度成長期に入ると規模の大きいところは郊外に出て、零細なところだけが残りましたが、1980年代半ばのプラザ合意により円高が進むと油脂の関税も一気に引き下がり、世界から安い油脂が大量に入ってくるようになりました。それまで資源として高値で取引されていた廃食油もゴミ同然の「産業廃棄物」になってしまいました。

私の父は、そんな苦しい中で廃食油精製工場を経営していました。私なりの紆余曲折の末、環境問題に目覚め、1991年に父の会社である染谷商店に入社します。古くからの生業が環境問題の解決につながる「新しい企業」であると気付いたからです。

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