識者に聞く

なぜ、高速ツアーバス事故はなくならないのか

国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員 JR連合自動車連絡会顧問 佃 栄一さんに聞く

過酷なバス運転手の健康を守れ

Q4 佃さんはバス運転手の労働実態についても詳しいと聞いています。高速ツアーバスの労働実態はどのようなものでしょうか。

佃:私自身はJRのバス事業に関係してきました。JRの場合、旧国鉄時代からの伝統で労使の関係もそれなりにきちんとしています。たとえば、大阪と東京間の高速乗合バスでは、静岡の三ケ日インターで運転手が交替する決まりになっています。

長年、運転手の声を聞いた結果、どのあたりで睡魔が襲ってくるのかを調査し、運行管理者から必ずその付近を運行している運転士に信号を送り居眠り防止を徹底するとともに、高速道路上での事故や自然災害等の発生時には各地区の営業所から新幹線で乗務員の送り込みや帰社の指導を徹底し、過労防止に取り組んでいます。また、翌日の勤務に影響が想定されれば、勤務の繰り下げや年休取得させるなど十分な健康管理をしています。

JRバスでは途中途中の停留所を通過する数キロ手前で運転手に連絡を入れるようにしています。応答があれば、きちんと運転している確認にもなりますし、居眠りなどによる運転が見られれば、モニターで通報が入る仕組みです。もちろん、飲酒に対するチェックにも厳しく対応しています。一般の方には想像できないかもしれませんが、夜行バスの運転は額に脂汗が浮かぶくらい疲労が蓄積してきます。

我身ひとつで大きく稼ごうと、JRを辞めてツア―バス会社の運転手になる同僚もいますが、その後会うと泣き言ばかりです。過酷な労働条件のもとで、来る日も来る日も遠距離の運転に出かける、なかなか休みが取れない、疲労はどんどん蓄積されていきます。

関越道で事故を起こした河野化山容疑者は、睡眠不足の理由に派遣先の宿舎の問題をあげています。長距離運転で疲れてたどりついた宿舎がラブホテルのような施設で、それも午前4時までの契約となっており、眠いのに無理やり宿舎からおい出されたと語っています。

私の子供のころは大型バスの運転手といえば、あこがれの職業でした。でも最近の業種別の賃金をみると、人間を運ぶバス運転手の賃金水準が貨物を運ぶ運転手よりも低くなっています。平均年収はこの10数年で20%も下がり、400万円前後まで落ち込んでいます。

安全に関する投資や乗務キロ等の変更に伴って増える経費を、人件費の削減でと考える事業者もありますが、公共交通の維持のためにもこれ以上働く人たちの労働条件の悪化は許せません。

規制緩和後の矛盾を再検討

Q5 佃さんは国交省の「バス事業のあり方検討会」の委員もされてきました。
高速ツアーバスを含むバス産業をどのようにご覧になっていますか。

佃:2010年に総務省が「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」を行いました。高速乗合バスと高速貸切ツアーバスの競争が必ずしも公平・健全に行われておらず、規制緩和によって安全対策など利用者の利便性がおろそかになっているという指摘です。

これを受けて国交省も学識経験者や関係業界の専門家からなる「バス事業のあり方検討会」を立ち上げ、これまでに13回の検討会を行い、関越道の事故が起きる直前に最終報告を行いました。

高速ツアーバスは、「スキーバス」「テーマパーク直行バス」「帰省バス」の派生として2004年ころから生まれたものですが、年間利用者数は2010年の推計で600万人に増えています。古くから実績のある高速乗合バスが1億1千万人を運ぶのに対し、高速ツアーバスは急成長するWEBマーケティングを活用することで、高速乗合バスが掘り起こせなかった新たな需要を開拓したもので、その点は高く評価できると思っています。

ただ、高速乗合バスが事業者と利用者の運送契約に基づくものであるのに対し、高速ツアーバスは旅行業者と利用者の間に旅行契約はあるものの、バスの運行会社の多くは旅行業者との貸切運送契約だけで、利用者との関係が極めてあいまいになっていました。

ある高速ツアーバスでの話ですが、事故に遭った利用者がバス事業者に連絡を入れさせたところ、事業者と連絡が取れなかったケースがいくつも見られました。小規模零細の貸切バス事業者の場合、運行管理者も名義貸しで実態がなく、運転者そのものも違法な日雇いのため、旅行業者の連絡先さえ分からぬという指摘が多く寄せられています。

「検討会」の中で私は、バス産業発展のためにも貸切事業者の安全運行に対する意識改革、企画旅行業者の責任の明確化と処分も含めた法改正の実施、適正な運賃・料金制度の設定とダンピングをさせないシステムによる公正で対等な競争と「貸切バスの評価認定制度」の有効活用、交通基本法による地方乗合路線バスの維持・存続が重要であると訴えてきました。

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