識者に聞く

グローバル化時代の企業の人権リスクとは?

ラギーの「ビジネスと人権に関する指導原則」について

環境問題も人権問題、あらゆる企業活動に人権リスクは存在する

Q.今なお、多くの日本企業は自社の企業活動、そしてCSR活動と人権問題がどのように結び付いているのか、なかなか理解しにくいのではないでしょうか。

白石:日本ではCSR活動で環境問題やコンプライアンス(法令順守)、ガバナンスの問題については取り組みが活発化していますが、人権問題についてはまだまだ国際社会に追いついていない印象があります。大手企業の人権研修に呼ばれてお話をする機会も多くありますが、本音としては義務で研修を行っている、参加された方からも「人権問題とうちの会社に何の関係があるのか」という戸惑いがあるのを感じます。

日本企業の方は人権というと、(男女格差も含む)差別問題を思い浮かばれ、「人事部が扱う問題」と決めつけがちです。けれども差別だけが人権問題ではありません。そもそも、人間の権利には生命に対する権利、むやみに逮捕されたり、拘束されたりしない権利、思想・言論の自由の権利、プライバシーを侵されない権利、教育を受ける権利、働く権利、など、いろいろな権利がありますが、究極的には“社会の中で人間が人間らしく生きていくために必要なものが人権”です。

労働問題はもとより、環境、ガバナンス全ての問題と人権問題はリンクしています。従業員、調達先、消費者、国内外で企業が活動する地域の住民、企業がかかわる全てのステークホルダーとの間に人権問題は生じる可能性があります。

一例として、企業と企業の関わりで見てみましょう。A社が部品を納入する下請けのB社を安く買い叩くとします。結果的にB社は社員の賃金を安くする、または正規職員をリストラする、ある社員は解雇、または給与レベルが下がり、年金額も減り、不利益を被る。一連のB社の社員の状況に対して、A社が知らん顔で良いのかということです。A社が社会の一員として責任を考えるとすれば、B社の社員が幸せに生きる権利を損なわれたことに対する責任の一端がA社にもあるはずだということです。

Q.さらに先進国と発展途上国との関係性でも、人権問題は生じやすいと?

白石:グローバル社会では企業は自分たちの事業活動が、国境を越えて目の前に見えていない国の住民にどのような影響を与えているかも把握しなければなりません。

先ほど、時に多国籍企業は発展途上国の開発地域の住民に不利益を与えてきたとお話しました。代表例がプランテーション開発です。私たちが日常生活で使用する植物性油脂(パーム油等)を製造するため、1970年代以降、多国籍企業は原産地に大規模なプランテーションを開発し、環境破壊、先住民族の生活破壊等の問題を生みました。

地球規模で環境問題がテーマとなるなか、自然エネルギー開発に取り組む企業も多いですが、権利証をもたない先住民族から政府がかすめとった土地で作った大規模なプランテーションからサトウトウキビを入手し、バイオエタノールを製造した企業もあります。

携帯電話に使われるレアメタルなど、希少な鉱物資源が採掘される場合には、劣悪な労働条件や、政情不安定な原産国では政府や反政府勢力が鉱物を売却することで武器調達の資金を得ているケースもあります。知っている、知らないにかかわらず、そうしたプロジェクトに先進国の企業がかかわっていることもあります。

こういうお話をすると「そんなことを全部考えていたら、事業活動なんてやってられません」という企業の方も多いですが、今や、それでは国際社会では通用しません。前述のバイオエタノールのケースでは現地を知るNGOからのチェックがありましたし、“紛争鉱物”の問題では国際社会から企業が責任を問われています。

Q.自社が国連グローバル・コンパクトなど、国際イニシアチブへの参加を表明する企業も増えていますが、どうしても環境問題等が中心、人権問題は全く別な問題と考えている企業もまだ多いようです。

白石:グローバル・コンパクトの10原則は「人権」「労働」「環境」「腐敗防止」4分野に係るものです。もともと「労働」については1944年のILO(国際労働機関)フィラデルフィア宣言が「労働は商品ではない」と表明しています。「人が大切にされない労働は搾取にすぎない」すなわち人権問題だということですね。

また、2003年に日本政府が提唱し国連が発表した「持続可能な開発のための教育の10年」では、持続可能な社会を、世界中の人々や将来の世代、みんなが安心して暮らすことができる社会、環境や自然がまもられとともに、社会的公正が実現される社会としています。また、より良い社会のために不公平な格差をなくす必要があるが、そこには「先進国と開発途上国の格差」も含まれる。格差に対する不満から社会を不安定にする暴動が起きるかもしれない。人びとが幸せに生きることができる社会、安心と安全が保障される社会、すなわち公正で公平な社会をまもるためには、「腐敗防止」が必要です。

このように見てくると、国連グローバル・コンパクト自体が全て人権問題に言及していると言えます。

「人を大切に―人権から考えるCSRガイドブック」 http://www.hurights.or.jp/japan/news/2012/02/csr.html
ヒューライツ大阪では、人権問題について平易に解説した「人を大切に―人権から考えるCSRガイドブック」を発行している。ガイドブックは、企業で働く従業員を主な読者対象に身近な日常から人権の問題を考える4部構成となっている。
第1章「働く人の人権」
第2章「消費者保護と人権」 第3章「調達先と人権」
第4章「グローバル化の中の企業と人権」
A4判32ページ。1冊500円。(一括購入の場合は割引)

人を大切に―人権から考えるCSRガイドブック

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