CSRフラッシュ

危ない化学物質。あなたの職場での管理は?

4月からスタートする化学物質の規制強化に備える

この4月から職場で使う「化学物質」の管理が大きく変わります。危険有害性が確認されたすべての化学物質が管理の対象となり、製品を製造、使用または譲渡提供する事業者は、業種・事業規模を問わず、化学物質管理者の選任とともに健康被害などのリスクを最小化しなければなりません。厚生労働省が開いた理解促進のための意見交換会の模様をレポートします。(2024年3月18日公開)


「化学物質」の理解不足で思わぬ事故が

何気に使ってきた「化学製品」の誤った使用法で、思わぬ労働災害が広がっています。2019年(令和元年)の労働者死傷病報告によれば、「爆発・火災・破裂」事故が労働者数10〜29人の事業所で41.0%、労働者数1〜9人の事業所で29.8%となり、この2つを合わせると7割にも達しています。また、「有害物等との接触」事故が労働者数10〜29人の事業所で26.2%、労働者数1〜9人の事業所で20.4%となり、こちらも2つで5割に迫る勢いです。

2018年(平成30年)の労働安全衛生調査と2014年(平成26年)の労働環境調査によれば、有機溶剤や特定化学物質の特殊健康診断の実施率は、労働者数10〜49人の小規模企業で比較的低くなっています。こうした規模の小さな事業所では、有害業務に従事しているとの認識そのものが不十分で、化学物質を使用する業務の教育が急がれています。

私たちが働く職場では技術を下支えする、さまざまな化学物質が使用されていますが、化学物質には、プラスとマイナスの両面があります。化学物質を安全に取り扱うためには、危険有害性の情報伝達が重要となりますが、化学物質は世界中で流通するため、化学物質が持つ危険有害性を分類し情報伝達する共通のルールとして、国連が「GHS」を策定しています。

「GHS」に基づいて、危険有害性を分かりやすく伝えるため、絵表示(ピクトグラム)を使った製品へのラベル表示とSDS(安全データシート)による情報伝達が行われています。ただ、こうした製品のラベル表示とSDSは、必ずしも定着しているとはいえず、従業員への教育の徹底が改めて求められています。

<用語解説>GHSとは:国際連合が策定した、化学品(化学物質および混合物)の危険有害性(hazard)の分類方法と情報伝達方法(ラベル表示とSDS)を定めた制度。


【パネルディスカッション】

サービス産業における化学物質の管理とその課題

<パネリスト>
株式会社アムテック取締役会長 矢部 要
株式会社Beau Belle代表取締役社長 山瀬 堅司
株式会社Beau Belle部長 杉浦 謙二
厚生労働省労働基準局安全衛生部 
化学物質対策課化学物質評価室長補佐 吉見 友弘
<コーディネーター>
(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
 化学物質情報管理研究センター センター長代理 伊藤 昭好

伊藤:化学物質の管理は、わが国では限られた特定の物質や作業に対する規制を順守する形で進められてきました。工場で使用される化学物質は数万に上りますが、労働災害の多くは規制対象物以外でも多く発生し、小規模事業所ほど災害発生が増える傾向にあります。

2024年4月から化学物質の規制が大きく変わります。危険有害性が確認されている物質のすべてが規制対象物となり、化学物質を取り扱う事業者は、業種・事業規模を問わず、化学物質管理者の選任を行い、リスク回避の取り組みが義務づけられます。

私が所属する化学物質情報管理研究センターは、今回の労働安全衛生法関係政省令の改正に伴う化学物質の自律的な管理を進めていくうえで必要となる情報の周知徹底とそれに関連した研究を行う組織ですが、本日はサービス産業、つまり第三次産業の目線で意見交換を行います。まず皆さんの自己紹介をお願いします。

矢部:株式会社アムテックはお掃除用の資材・器材を取り扱っている商社です。アメリカから業務用の洗剤などを輸入し、ビルメンテナンス業界などに販売しています。世界の最新メンテナンス情報を日本のお客様にお伝えすることをモットーにしています。

山瀬:株式会社Beau Belleの代表取締役社長です。弊社はリフォーム、ハウスクリーニングを主な事業としています。

杉浦:私はBeau Belleの部長を務めています。Beau Belleで排水の流れを劇的に速くするtrapoの設計を行うとともに、関連会社ヤマニ創建の設計士、現場監督も行っています。

吉見:今回の労働安全衛生法関係政省令の改正による新たな化学物質管理への対応の準備をすでに進められている事業所もこれからという事業所もあると思いますが、この意見交換を通じて、これからの取り組みの参考や気づきにつながればと思っています。

伊藤:化学物質管理の総合サイトに「ケミサポ」があります。ここでは「事業者がすべきこと」ということで4つのステップをお示しています。

まず、自分たちの事業所でどのような化学物質を使っているのかを把握するところから始めます。本日はサービス産業が中心の第三次産業目線でということで、リフォーム建築やハウスクリーニングを行うBeau Belleさんに来ていただきました。職場ではどのような薬剤を使われていますか。

杉浦 ハウスクリーニングではアルカリ洗剤、酸性洗剤、排水管洗浄剤、強力カビ取り剤、即効型強力油用洗剤を使っています。また、建物のリフォームでは木材保護塗料、1液型ウレタン樹脂系接着剤、1成分形型シリコーン系シーリング材、フッ素樹脂塗料を使っています。

伊藤:災害の経験事例はありますか。

杉浦:ハウスクリーニングでシンナー剤を使って手荒れが出たり、洗面所やトイレなどの狭いスペースでシンナーを使って具合が悪くなった例があります。建設現場では溶接の火花が塗料に触れ、小さな火災事故も経験しています。

伊藤:ハウスクリーニング業やビルメンテナンス業では、「消毒液」「洗浄剤」「染色剤」「漂白剤」「接着剤」「塗料」「さび止め」などの化学物質が使われています。職人さんにもときに油断があり、誤った使用法で思わぬ健康被害に遭う例が見られます。仕事でひんぱんに使う物質をリストアップし、その危険性をしっかり把握する必要があります。矢部さんは、ハウスクリーニングやビルメンテナンスの業界に薬剤を提供されていますが、どのような課題があるとお考えですか。

矢部:今回の法令改正には私どものお客様も強い関心を持っています。私どもは“世界の情報を日本につなぐ”というスタンスで事業を進めてきましたが、世界の先進国と比較すると日本は化学物質への対応がやや遅れ気味だと思います。

アメリカの洗剤メーカーと付き合い始めて40年近くになりますが、アメリカではどんなマイルドな洗剤にも手袋の着用が当たり前でした。業務で洗剤を使うプロである限り、その使用で被害を受けてはならないのです。そのために洗剤=化学物質と自分を切り離すことを徹底しろと教育されます。今回の法令改正は、日本の事業所でも化学物質としっかり向き合う、よい機会だと思っています。

伊藤:現場監督もされている杉浦さんのいま一番のお困りごとは何でしょうか。

杉浦:使用する薬品のラベリングの徹底ですかね。薬剤のことをよく調べてよく知るとともに、現場で作業する皆さんにそれを知って仕事をしていただかないといけませんので…。使用する薬剤に混乱が生じないようにラベリングを徹底したいと思います。

山瀬:現場では大工さん、塗装屋さん、電気屋さんなど職人さんが一緒に作業するケースがあります。彼らは個々の作業の専門家であっても、自分が関わらない作業で使う薬剤にうとい場合があります。職人さんに任せきりにするのではなく、薬品を使う場合の危険性や有害性の周知に努めないといけませんね。

伊藤:容器のラベリングの件で、吉見さんの方から少し補っていただけませんか。

吉見:労働安全衛生法令では危険有害性が確認された化学物質にラベル表示とSDSによる通知を義務づけており、対象の化学物質を譲渡・提供する事業者は、日本産業規格(JIS)の記載項目に準拠してSDSを作成し、譲渡・提供先に交付しなければなりません。つまり、SDSが有害な物質を周知徹底する情報提供のカギなのです。ラベルを見て危険有害な物質であることに気づき、SDSを確認してリスクアセスメントを実施していただくわけです。ただ、薬剤を小分けした際に中身が取扱者に伝達されず、災害が起きる事例が見られます。小分けした容器で保管するにも表示などによる有害性情報の伝達を徹底しなければなりません。

伊藤:会場の参加者からも「容器を小分けする場合のラベリングで必要な項目は何か」という質問がありました。現場の情報共有のためにも要検討かもしれません。このあたりを含め山瀬さんは従業員の皆さんにどのような対応を期待されていますか。

山瀬:一つの作業だけをやっていると技術力は上がるし、その分野の知識は確かに高まります。ただ、私はもっと全体を見ることのできる作業員を育てたいと思っています。化学物質の取り扱いでは周りの作業も含めた視野の広さが求められます。

伊藤:「事業者がすべきこと」の図では、ステップの4つめに「労働者への教育」が掲げられています。サービス産業などの第三次産業を意識すると、労働者に情報をどう伝え、共有していくかが課題になっています。海外ではいかがでしょうか。

矢部:20年くらい前のアメリカでの経験ですが、ビルメンテナンスなどの業界に入ってくる新人に最低4日間くらいの新人教育をしていました。うち2日間は洗剤についての勉強でした。化学的清掃メンテナンスは物理の力と化学の力のバランスです。モノを動かすことは見よう見まねで覚えられますが、化学薬品である洗剤は種類も多いだけに基本をしっかり叩き込む必要があったのです。

「自分と洗剤を分ける」という言葉がひんぱんに使われていました。化学物質から自分を守ってこそプロなんだという意識です。教育という意味では、本社員や現場監督の方こそSDSを読む力を付けてほしいと思っています。一度、見方を覚えれば簡単です。万一の危険度や応急措置の仕方も書いてあります。

伊藤:講習会ではSDSの読み方も行っているのでしょうか。

矢部:SDSについては最近の講習会で始めました。関心度が高まっていると実感しています。

伊藤:杉浦さんのところではSDSは見られていますか。

杉浦:これからですね。

伊藤:リスクアセスメントの対象物質はSDSの交付が義務づけられています。現在、リスクアセスメントの実施が義務づけられている化学物質は約670種ですが、2年後には約2300種になる予定です。SDSを使いながら危険有害性を持つ化学物質の理解を深めていくことが望ましいと思います。皆さんへの情報提供や相談の窓口はどこにしたらよいでしょうか。

吉見:まず、本日紹介したケミガイド、ケミサポや厚労省のWEBサイトをご覧ください。さらには厚労省の委託で相談窓口を設置しています。法令に関するお問合せは最寄りの労働基準監督署で対応しています。

伊藤:サービス産業などの第三次産業では、化学物質の正しい情報をどう伝えていくかが大きな課題となっています。正確な情報を分かりやすく、内容が理解できるように伝えていけるかが課題です。いつ、どこで、だれに、何を、なぜ、どのように伝えていくのかの5W1Hがとても大切です。

矢部:やさしく伝えることはとても重要です。厚労省の「職場のあんぜんサイト」を拝見するとGHSのマークが登場します。大変分かりやすいものです。先ほどSDSについて勉強しましょうとお話しましたが、その際、GHSマークについてもぜひご覧になってください。

GHSの絵表示

もう1つ、これは余裕があればの話ですが、自動稀釈器の使用をお勧めしたいと思っています。先ほど小分けの話がありましたが、濃度の濃い薬剤でも、使えるレベルに薄めると安全になる例が多いのです。作業者の安全が担保されるだけでなく、正しい稀釈で使われれば生産性も上がります。まさに一石二鳥なのです。

伊藤:職場の事故を見ると、化学薬品の稀釈を間違えて事故になったという事例も見られます。いずれにしろGHS マークの価値が分かることが前提です。杉浦さんのところではGHSマークを気にされていますか。

杉浦:職人さんのレベルでは気にしている方もいますが、私自身はほとんど気にしていませんでした。先ほど自動稀釈器のお話が出ましたが、私たちの現場では濃い方が汚れが落ちて効果も高いという思い込みがありました。

矢部:アメリカは訴訟の国です。事故が起きないよう会社として細心の注意を払っています。手袋だけでなく、工場でもゴーグルを付けています。作業によっては保護具の着用が徹底されます。労働災害には厳しいのです。自動稀釈器の使用も稀釈の誤りによる事故を未然に防止します。

伊藤:稀釈についても理由があるというわけですね。働く皆さんに化学物質の危険性や有害性を理解いただくには、SDS やGHSに目を通すことが理解のきっかけになるかもしれません。とりわけ第三次産業にはそれが必要だと思います。危険なものもいち早く察知して防護する知恵が求められているのです。

矢部:そのとおりです。化学の力をコントロールするのがプロです。だから対価をいただけるのです。用具なども常に新しいものを使い、安全をキープしなければなりません。

伊藤:山瀬社長、化学物質の取り扱いに関連してもう一度人材育成と絡めたお話をいただけますか。

山瀬:いま、どこの会社も人手が足りない状況です。一定水準の知識を持った人材を適材適所で使うのが理想ですが、実際はいまいる人材に経験を積ませ、一人ひとりを成長させたいと思っています。

伊藤:そうですね。みなさん、本日はありがとうございました。

※この記事は3月4日に厚生労働省が都内で開催した「職場における化学物質規制の理解促進のための意見交会」におけるパネルディスカッションの模様に2名の基調講演の核となる部分を加えて、当編集部で再構成したものです。文責は当編集部にあります。ご理解ください。

★ 政省令改正 参考リンク
化学物質による労働災害防止のための新たな規制について/厚生労働省
ケミガイド|職場の化学物質管理の道しるべ (mhlw.go.jp)
職場の化学物質管理総合サイト | ケミサポ (johas.go.jp)

★ ラベル・SDS・リスクアセスメント 参考リンク
【化学物質】職場のあんぜんサイト/厚生労働省


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