「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ

【第1回】東日本大震災と科学技術

~科学の目で今を選択することが、未来を変える~

長尾:双葉地方にしても原発に代わりえる雇用の場を将来に向けて確保する必要がある、原発事故を契機に全国民の目が福島県に向いている今、安定的な雇用確保のために何が可能か、福島県民自らが考えて、提案しないといけない。

例えばこの地に価値を見出すためには、1に物を造ること、2に造ったものの管理、3にここでしかできない研究機関の設置です。造るものの一つに廃棄物貯蔵施設があると思っています。
原発周辺または高レベル線量地域に住む住民の多くは、帰りたい願望があっても帰れないという諦めがあり、帰れたとしても安定した雇用のあてはありません。この方たちに何としても手厚い生活上の保障(土地・家屋・職業)を行い、将来に希望ある生活をしてもらうべきです。

問題視する人もあるかもしれませんが、私が提案するのは双葉地域に“最終貯蔵施設”を受け入れる、設置することです。

地域の皆さんは先祖代々の土地を貸しだす、当然、費用をとるべきです。仮にですが、施設に貯留する廃棄物、年間 1トンあたり1,000円、1,000ベクレルで100万トンとすれば年間10億円を施設の管理費用として請求するのです。
セシウム137の半減期は30年だから300年たつと100分の1となる、300年たつと先祖代々の土地がおおよそ元通りになります。自分たちが生きている間には戻ることはできない、だとしても、今のまま何も先の予定がたたず、稼ぐ手段もない、全く先が見えない今の状態より、300年後に向けて県民全体が計画できます。

長尾晃氏:

いわき市に住む長尾氏は放射能の専門家ではないが、線量調査にかかわる仕事を通じて、専門家が集まる事故収束に向けた県外での会議にも出席する機会を得た。そこで強く感じたのは、被災地の未来を考える視点の欠如。だからこそ、“最終”貯蔵施設の設置を提案している。

長尾さんはコンクリートがご専門ということで、最終貯蔵施設の建設も試算されたそうですね。

長尾:現状、遮蔽率の高さと単価当たりコストの観点から、コンクリートが最も効率が良い素材だと思うのですが、仮に福島県の総面積13,782平方キロメートルの1%の面積を5cm鋤き取ると、して貯蔵施設の体積量は約8.22×10の6乗、800万立方メートルとなり、具体的な数値に対応する施設が予測されます。全く仮の話ですが、このように先を考えて具体的に計画立案していくことが重要だと思います。

今井:今のお話を伺うと、例えば私が以前に関与していた山形県のダム建設での体積量は1,100万立方メートルですから、現実的に建設可能だなとか、イメージがわきやすいですね。
あってはならない原子力発電所事故が起きた、起きてしまったからにはどうしたらよいか、100年、200年、300年というベクトルで将来を考えていかなければ。科学技術一つにしても100年後が今と同じはずはない、諦めずに被災地の将来を自分たちが考えなければなりませんね。

長尾:さらに言うと、原発事故、原発の安全性について政府及び日本人の科学者がなかなか国内でも海外でも信用されない、駄目だと思う。IEAE(国際原子力機関)の出先機関を福島県内に誘致してはどうか。残された牛、犬猫がどうなったか、生物そして海産物への放射能の影響について、何しろ世界有数の科学データがあるんですから。そしてIEAEから原子力発電所に関する基本数値を出してもらう、日本人に信用される科学データは、それしかないでしょう。

既に日本は原子力発電所を作ってしまった、事故も起きてしまった。仮に再稼働をゼロにしても、作ってしまった発電所の管理には莫大な費用もかかる、青森県六ケ所村の再処理工場をどうするかという問題もあります。日本には今、原子力関係の技術者が3万人近くいるそうです。
先日政府が将来のエネルギー政策について、原子力発電ゼロにした場合のリスクにも言及していました。(分かりにくい言い方でしたが、要するに)日本が原子力発電所をゼロにした場合、最高峰の科学者たちが海外に流出する、特に近隣の中国は開発に積極的と言われています。さらに原子力発電所を創る技術は、核開発できる技術につながります。今まで日本は核兵器を持たずとも、原子力発電所を稼働している=核開発ができるという各国への示威になっていた、原子力発電ゼロにすることが安全保障上のリスクとなるというのはそういう意味でしょう。それが本当かどうか分かりませんが、少なくともそう考えている政治家は確実にいる、だから簡単に原子力発電ゼロには移行しないのでしょう。

われわれはそうした現実を全部見ながら、100~300年先の福島県、そして日本の将来を考え、今、出来る最善の選択をしていかなければいけないということですね。

今井:もう一ついうと、未曽有の災害には未曽有の考え方で復興に向かうべきではないか。具体的には県、市単位ではなく、東北全域で人の移動を考えれば良いのではないか。私自身も実は出身は山形県ですが、今は宮城県仙台市が拠点です。人間というのはとにかく仕事さえあれば生きていけます。短絡した考えかも知れませんが(先祖代々の土地といいますが)人間は古代の昔から生きるために移動してきたのです。東北全体で行政が一体となり、補助金を払って、福島県から宮城県に簡単に移住できるような仕組みにするとか、福島県に風評被害が集中しているが、県境を取っ払って東北全体で復興に向かう、そのために具体的な行政の仕組みを変える発想の転換が必要だと思います。

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