「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ
【第1回】東日本大震災と科学技術
~科学の目で今を選択することが、未来を変える~環境・エネルギー問題など、東日本大震災以降の日本において、私たち一人ひとりがこれからの社会を選択するために、「科学技術」を知ることが不可欠となっている。新シリーズ「科学技術は環境(エコ)の基本」では、科学技術エコリーダーの養成にも取り組む(公社)日本技術士会「登録持続可能な社会推進センター」の皆さんとの協働で、科学技術の面白さと重要性、現代の私たちが知るべき知識のポイントを多面的に連載する。
(左から) (公社)日本技術士会「登録持続可能な社会推進センター」代表 今井宏信氏(今井環境コンサルタント技術士事務所 代表)、副代表 渡辺敬藏氏(株式会社 渡辺コンサルタンツ代表取締役)、事務局長 長尾晃氏(地質基礎工業株式会社 技師長)
シリーズ第1回は、(公社)日本技術士会「登録持続可能な社会推進センター」会員であり、東日本大震災を経験された皆さんーー今井宏信氏(宮城県仙台市)、渡辺敬藏氏(福島県福島市)、長尾 晃 氏(福島県いわき市)—に集まっていただいた。技術士という国家資格を有する3名の皆さんは、震災復興に向けて、環境・建設関連の本業の遂行、そして時には本業の枠を超えて、独自に行政への積極的な技術提案も行っている。そこには、民間・公的機関等の垣根を越えて科学技術を基づく実践的な解決方法を議論し、地域の目線で迅速かつ効率的な復興を実現したいという強い想いがある。
最先端の環境技術が、行政に知られていない現実
今回の震災では、科学技術の専門家である技術士という立場から、皆さん各々に復興に取り組んでいらっしゃいます。以前にご紹介した今井さんの「塩害・ヘドロ処理物・ガレキの環境改善と地盤沈下への対応」に地元企業の技術を使おうという提言もその一つですね?
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今井:私の自宅は仙台市太白区内です。宮城県は東日本大震災時の津波被害で農地の11%が浸水したわけですが、当初から“健全な大地の回復”が最優先テーマと考え、具体的に地元企業が保有する最先端の環境技術の活用を積極的に提案してきました。
提案のキッカケは、何と言っても周辺地域の生々しい現実です。すぐ近くの名取市閖上港をはじめ、震災後の2011年4月には仙台市荒井地区で塩害に合われた市内最大規模の仙台イーストカントリーさん(経営面積64ヘクタールのうち約2/3が浸水)も直接訪ねました。ガレキが散乱したままの状況を見て、“農家が個々の力で何とかできる状況ではない”と実感したのです。
夏場には風の向きが海から内陸部へと変化し、有害物質を含んだ粉塵や悪臭が悪化することが懸念されました。農業再建のためはもちろん、健康被害をくいとめるためにも汚染土壌を早急に改善しなければなりません。さらに地震による“地盤沈下”で、仙台平野の沿岸部では海抜0メートル以下の地域が震災前の5.3倍に拡大し、更なる浸水被害の恐れもありました。また、農地だけでなく、街に膨大な津波堆積物(土砂)や廃棄物(ガレキや破損コンクリート等)が発生しており、これらを単に片付けるというよりもリサイクル資源化することが必要でした。
あらゆる有効な技術を駆使して、スピード感を持って環境を改善しなければならない、すぐ頭に浮かんだのが地元中小企業の画期的な特許技術、すぐに行政に提案書を提出しました。
今井氏が提言した地元企業技術: 宮城県内の中小企業、㈱アムスエンジニアリングが2005年に特許を取得したアムスエコプラントシステム工法はもともとカドミニウム等で汚染された水田の土壌修復・農業用水の水質浄化、いわゆる“公害対策”技術として開発された。酸化マグネシウム系資材「エコハーモニィ」と汚染土を混ぜることで有害物質が固定化(溶出抑制処理)し、ブレンドした土壌をそのまま農地に再利用できる。
今井さんは当初から、地元企業に単なる「労力提供」を求めるのではなく、「技術の活用」も重要だというご提案でしたが、現状は国と大企業による復興工事が主体となりがちで、一方で塩害や地盤沈下からの回復は想定以上に遅れているようですね。
今井:地元企業の技術が活用されにくい理由の一つは、そもそも最先端の環境技術を国や多くの自治体が知らないからです。一例として、私が提言したアムスエコプラントシステム工法は国土交通省が運営するNETIS(新技術情報提供システム)—民間業者等により開発された有用な新技術を公共工事等で積極的に活用すべく情報共有するためのデータベース—に登録されています。ある意味、有効な技術として行政に認められた技術と言えます。
しかしながら、現状はなかなか難しい、環境省と国土交通省、ガレキ処理と除染処理など復興に向けた方針を提案する立場と使う立場が必ずしも同じではないという事もあるでしょう、客観的にこの技術が良いと思っても様々な行政の判断があるようで、実際に活用いただくのは難しい面もあるなと感じています。国の政策として新技術に対する開発制度が有りながら、評価されている技術の活用支援が無いのは、新技術に取組む企業(中小企業)にとって技術開発を消失させる懸念があります。
復旧・復興を長期的な視点で最も効率良い方法で、なおかつ短期間に実施するには、今からでも中小企業も含めた全国の優れた技術の公共事業への活用を検討していくべきでしょう。そうした議論を高めるには、地元の皆さんにも地元企業の技術の一端を知っていただく、科学技術に関心を持っていただく事も重要だと思います。